総合芸術と生活美学を目指して~僕の審美眼に叶う愛しい物達~
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今はなきレオン・ド・リヨンの森鳩。生涯で一番美味しかったジビエ。あまりの美味しさにまた食べにフランスに行ったほどです。これを超えるジビエ料理に出会いたい!!
自己紹介、お気に入りリンク
自己紹介

美味しいものが大好きで、音楽、映画、絵画、文学における抒情美を追求している「るしぇるしぇ」といいます。


誕生日 14.4.1979

尊敬する人物

レオナルド ダ ヴィンチ
稀有の総合芸術者です。

好物:
フォワグラ、ピジョン、
グルヌイユ、ジビエ
アバ、ビターチョコ、
ワイン、ハーブ系のお酒、
アルマニャック、日本酒
刺身、湯葉、

嫌いな食べ物:
添加物を加えて
いる食べ物、
ジャンクフード、
ファーストフード、
インスタント食品、
チェーン店の料理、
創作料理(フランス料理
なら正統的なフランス
料理を食べたいので、
でも一店だけ例外はあり
ます。)


お腹をただ満たすための
食事ではなくて、
ゆっくりと時間をかけて
味わい、全身で美味しさ
を喜ぶことができる、
そんな料理が食べたい
です。

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<   2008年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧
蔬菜坊  人生の盛り合わせ
食べ物ネタが続きます。
これで今月3回目の精進料理です。日本で食べ歩くならやっぱり和食メインで。フレンチはフランスに行って食べたい。とはいえお気に入りのラミティエは通い続けますけどね。昨日は20cmぐらいあるブーダン・ノワールが圧巻でした。ブーダン・ノワールというとパリのマンションに一週間ほどいた時に朝ごはんにと総菜屋さんから買ってきて、フライパンで焼いて食べたのを思い出します。それぐらいアバ(内臓料理)が好きなんですよ。
ブーダンの前に前菜がバイヨンヌの生ハムで、ふたつのメインが若鶏の丸焼き。お店の人に食べきれるか心配されましたがちゃんと2人で平らげました。まだ余裕だったので前菜をもう1つ頼めばよかったかなと。

さて蔬菜坊のテーブルにつくとお通しの胡麻豆腐がありました。お酒は菊姫以外にいろいろと揃っていて、さすが料理屋さんだけあります。どれもこれも飲みたくなりましたが、まずは今は愛飲している銘柄がある菊姫から先一杯を。

胡麻豆腐の次は熱々の月山竹を味噌か行者大蒜と共に、楓麩が添えてありました。
月山竹を食べるのは去年の5月の山形の山菜料理の専門店である出羽屋以来。
添えてある味噌がお酒のつまみになったおかげで、次に頼んだのは菊姫の特選純米。


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待つことしばし。食べるのを楽しみにしていた蔬菜の11種類の盛り合わせが来ました。
ご主人は甘い、辛い、酸っぱい、苦いというそれぞれの味わいを表現していることからいわばこれは人生の盛り合わせですと言っていましたが、季節の食材を用いて巧みに表現できているなぁと感心しました。

ひとつひとつ丁寧に料理を説明してくれました。

お盆の左から

・紫陽花の花の下は山形産のさくらんぼ、それから山独活に生の行者大蒜、それに赤ワイン味噌。

・紫陽花の隣の長崎のびわと柚子の花を甘く煮たものを黄粉で合えています。そのとおり甘い料理。

・甘い料理の下は炭火で焼いた竹の子の山椒和え。竹の子は京都の白子竹。楽天で見たら一本15000円もするんですね。そんな竹の子がこの盛り合わせの次は刺身で食べれてとってもお得な気分。

・俵型のは竹の子ご飯。


・甘い料理の隣はなんと13種類の素材のおひたし。ホウレン草、小松菜、水菜、ミブナ、春菊、オカヒジキ、三つ葉、人参、エノキ、キクラゲ、インゲン豆、菊の花、ドウミョウ。

・おひたしの下は豆腐の白合え。

・白和えの下は岐阜産のジュンサイ。お汁はかんぴょう、人参、干ししいたけ、昆布、大豆などから作っているそうです。

・おひたしの隣はすり潰した生湯葉、りんご、しょうが、苺、サクランボ、キュウイフルーツ、レモン汁などでドレッシングを作り、山独活、竹の子、ウルイ、ブルーベリーを合えたもの酢の物

・その下が蕨の山葵と生湯葉和え。

・辛い料理の下は独活のきんぴら。全国で生産者がただ一軒しかないと言う凍り蒟蒻を使っています。ちなみに独活は痛風の特効薬だそうです。

・右端の天ぷらはそば粉などから衣を作り、蕨とこごみを揚げたものです。


一口程度の酒の肴があり、それから刺身。刺身は純米吟醸あたりのお酒で食べたいなと思ったので加陽菊酒を注文。

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器に入っているのがうるか。鮎の塩からですね。来月から鮎の旬ですね。どこのを仕入れるか聞きましたら鮎は四万十川産のが入るそうです。四万十川のは食べたことがないので来月もくことが決定です。

うるかの下は鯛。

それから白子竹の刺身。

雲丹は魯山人が愛したという小川の雲丹と湯葉。魯山人の好物というと保津川の鮎を京都の料亭で食べたのを思い出しました。湯葉と食べるから甘みが強くなり堪らない味わい。

関鯖の昆布じめ。

野菜はエリンギの昆布じめ。そうすると鮑の味わいみたくなるそうですがなるほどよく似ています。

それから蒟蒻の昆布じめ。これはお坊さんが河豚がどうしても食べたくて生まれた料理のようです。

あとは蕨の昆布じめもありました。

この後に口直しの料理があったのですが、それに使っていた器が江戸時代の骨董品で見る目がなくて、ご主人の奥さんに言われるまで気がつきませんでした。

そして山菜鍋。まだ飲みたいので菊姫の限定酒を。銘柄はメモし忘れているので思い出せず。
月山竹、山独活、ふきのとう、こごみ、行者大蒜、あいこ、シドキなど山菜が盛りだくさん、それに生湯葉、山形の六浄豆腐など。六浄豆腐は先ほどの出羽屋で食べましたね。

鍋の出汁は鴨の身と内臓、首の骨、卵、ねぎなどから作ったつくね、焼き味噌。味噌は名古屋の八丁味噌、四国の麦味噌、西京味噌の他に白馬、富山、松本、山形、仙台、千歳と日本各地の味噌を混ぜ合わせて作っているそうです。
肉とかのコゲは癌のもとだというのはわかっていましたが、野菜のコゲは薬になるなんて知りませんでした。
語彙不足でただ美味しかったとしか表現できないのが悔しいですね。鍋にあわせて十穀米のご飯が来ましたが、白米のご飯を入れて、雑炊にしたらほんと美味しそう。

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デザートは、いちご、バナナ、りんご、キュウイ、ブルベリーなどをあわせて作ったシャーベットに特製のスイカ糖をかけています。スイカ糖は絞り汁を煮詰めたもので、保存して一年はもつそうです。
味わいはバルサミコ酢のような濃厚でいて、それでも元がスイカですから後味にスイカの味わいが感じられるもので、レシピをもらいましたが果たして同じようにできるでしょうかね。

さて今日は一度の食事でほんと数え切れない数の素材を、時間をかけた調理法で頂くことができて感動的な食体験ができました。
来月は鮎の他にどんな食材が頂けるかほんと楽しみです。
最後にお店まで行きづらいと書いている人がいましたが、武蔵小山駅からゆっくり歩いても10分ぐらいで、グーグルマップで簡単にたどり着けましたよ。これぐらいだと不便だと言わないのでは。
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by esthetisme | 2008-05-31 14:54 | 郷土料理、和食
ル ジャンドロー

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ドメーヌ・ドーリャックで昼食の後は、タクシーでカルカッソンヌの駅まで行きましたが、駅の前に、明日泊まるホテルに荷物を預けていたのでそれをピックアップ。
朝一の電車でモンペリエからカルカッソンヌに着いたものの、駅にはコインロッカーも荷物を預けることができるサービスがなく、観光局で荷物を預かってくれる場合もありますが、カルカッソンヌの市内の観光局まで行ったけど預かってくれなかったので、明日泊まるホテルが駅近くなので駅まで戻って「明日、宿泊予定のるしぇるしぇと言いますが、観光をしたいので荷物を預かって下さい」とお願いしたら預かってくれて助かりました
フランスの駅でリヨン、ディジョンは、荷物預かり所があるので荷物を預けることができましたが、できるのはまず稀です。

この日、カオールの郊外にあるミシェランの1つ星のル・ジャンドローにしたのは、日曜日の夜も営業しているからと、フランス中の高級レストランだけなく世界中のレストランにトリュフを卸していることで有名なペペールさんのトリュフを使った料理が売りなので。
この旅行の前にタイムリーなことにブルータスでトリュフ特集をしていましたが、やはりペペールさんは載っていました。
カオール駅に着いたらタクシーがありましたが、これからタクシー代で1万はかかるからここは節約とホテルまで行って荷物を置いてから、また駅まで戻ってタクシーに乗ろうと思い、駅へ戻る途中、たぶん来た道がこれでいいはずだけと自信がないし、間違ったら時間がもったいないということで初老ぐらいのご夫婦に道があっているか聞いたら、あっているけどまだ距離があるから車で送ってくよと言うのでつい乗ってしまいました。駅へ行く途中に、「カオールの名所のヴァラント橋は見たことある?夜はライトアップしていて綺麗だよ」と聞いてきましたが、まだ見たことないのでまだですよと言うとじゃ「近くだから寄ろう」と言うことでヴァラント橋へ。2日後にカオール駅から23時50分のパリ行き寝台車に乗るためにカオールにまた来ることになり、晩ご飯を食べ終わっても時間があるから、ヴァラント橋のライトアップをその時に見ようと思っていましたが、ライトアップの終了時間が冬だと早いのを知らなくて、22時ぐらいに行ったら消えていてがくっ。
だからこの日曜日の時に写真を撮らなかったけどとりあえずは見れてよかったのです。
さて駅に着いたらあれ?さっきいたタクシーがない、駅まで送ってくれたおじいさんが駅前あたりの公衆電話あたりにタクシーの電話番号を見に行ってくれましたがありません。
「これからタクシーでどこに行くの?」と聞かれ、「ル・ジャンドローです」と言うと、「あぁ、あのレストランか、行ったことがあるよ」とレストランのことを知っていたのでこの後、ホテルに電話する時が力になってくれました。タクシーを呼んでもらおうとホテルに電話すると「フランスでは日曜の夜はたいていレストランは閉まっていますよ」と言ってきましたが、「でも今日は営業していて、ちゃんと今日に予約を取りましたよ」と言うもののすぐには呼んでくれない。
そうしたらおじいさんが電話を変わってと言うので電話にでてもらって、「今日は営業しているから大丈夫だよ。心配ならレストランに電話してみて」と言い、ホテルの方も電話したようでそれでようやく今日、営業していることが確認できたようで、無事この後、タクシーが来ました。
とこの時も親切をして頂いたおじさん、ほんとありがとうです。

タクシーが来たのでこれからここから20kmぐらい先のル・ジャンドローへ。
このタクシーの運ちゃん、ほんとフランスのグルメに詳しくて話をするのがほんと楽しかった。
話に夢中になっていたらあっという間にレストランに着きましたよ。
ご飯を食べてすぐに帰りたかったし、また話がしたかったので運ちゃんには悪いけど食べ終わるまで待ってもらいました。少しでも早く帰れるようにと思い、デザートは食べないことにして、前菜とメインだけを注文

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落とし卵、トリュフ添え

前菜にはもちろんトリュフ料理を。トリュフも食べたくてカオールまで来たけど本場で食べるトリュフの味、香りは?卵とトリュフって相性が抜群ですから絶対美味しいはずと期待しながら料理を待ちました。卵とトリュフを一緒に密閉して冷蔵庫に入れておくだけで、簡単にトリュフ風味の
スクランブルなりオムレツができますし、刻んだトリュフを入れて作るのが一番美味しいと思いますね。
オーベルジュ・ド・リルで食べたフォワグラとトリュフの灰焼きも美味しかったけど、シンプルなほうが好きかな。
さてジャンドローで食べたこの料理ですが、美味しいことは美味しいのですがそれ以上、例えば感動とかがなくて。トリュフはラルバンクで食べたトリュフのオムレツが一番香り、味わいがよかったです。

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鹿肉のロースト ポワヴラードソース

昼に山鶉を食べましたが、夜もジビエの季節ですからジビエです。ジビエの中では一番癖がないのジビエの醍醐味である野趣味にかけるため、本当は食べるのに気が進みませんがひととおりフランスでジビエを食べることが目的なので注文。
ソースはお決まりのポワプラード。真ん中だけなんてほんと量が寂しい。食べてみてやっぱり野趣味が乏しい。もう鹿は食べなくてもいいのかなと。鹿というと脳みそはそれなりに癖があって食べるのが楽しかったですけどね。

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ワインはもちろんカオール。とりあえずリストのハーフボトルの中で一番高いのを頼んでおけばいいだろうと思いこれを。うーん、旅行の前に1000円ちょっとのカオールワインを飲んでいて、それと比べて差があると嬉しかったのですが。この後、何種類もカオールワインを飲んだけど、結果はどれも同じでした。
リストにあった1978年のカオールが気になったけどマグナムだからお金と量の関係で頼めるはずがなく。30年熟成した旨み、香りがほんと気になりますね。

そうそうお金に余裕があればイケムの79年を飲みたかった。なにせ小売価格とたいして変わりませんでしたし、ハーフだったし。デザート代わりにするのにいいだろうし。

2皿しか食べていないのでまだまだもっとたくさん食べたかったです。タクシー代は予想通り1万ほどフランスに行くと毎回、郊外のレストランに行くことがあり、タクシー代がひと月の家賃分ぐらいかかってしまうのが痛い。
ところでフランスのレストランのアップもあとは2店。今回の旅行記はちゃんと全部食べた料理をアップしたいので、がんばります。
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by esthetisme | 2008-05-31 12:33 | 07/11/27~12/5  フランス
ドメーヌ・ドーリャック
ほんと久々の去年の11月のフランス旅行の食べ歩きをアップします。
今回はカルカッソンヌの郊外にあるジビエが豊富な1つ星レストランのドメーヌ・ドーリャックです。

この日は旅行5日目。1週間の旅路でしたので、食べ歩きは後半戦に突入。
このレストランの前の日の昼はレオン・ド・リヨンで、夜はトリュフ尽くしの晩餐ととにかく贅沢しまくりの、人生でそれこそ一番の贅沢をしている食べ歩きで一生忘れらない思い出となりましたが、これを超える食べ歩きは前に計画を書いたヨーロッパ8カ国のジビエ食べ歩きでしょうね。
さて後半戦となると毎日昼も夜も贅沢三昧で胃が弱るかと思いきや、フランスで食べるフランス料理はレストラン、ビストロのどちらもソース、味付けを含め軽いし、だいたいアラカルトで3皿を食べるのが基本なのでほんと楽勝も楽勝。

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ブランケット・ド・リムーとオレンジジュースのメゾンカクテル、オマール海老のデキュスタションに白ワインのグラス、山うずらに赤のハーフ、グランデセールの盛り合わせに1984年のバニュルス、仕上げに1979年のアルマニャックと食べて、飲みまくり。

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このレストランは、今までフランスで訪れたフランスの中で一番ギャルソン、シェフがとてもサンパ。他のレストランもこうだともっと思い出深い訪問となるのに。
言わなくても向こうからキッチンにおいでと誘ってくれたのでキッチンへ。初めてキッチンに入るだけに仕事の様子を見るのがとても楽しかったですね。忙しいのに皆集まって質問攻めには大変でしたけど、デジイチに皆の関心が集まり、俺らの集合写真を撮ってよと言うから撮ったら、
蛍光灯の下だとオートホワイトバランスが青みがかり、皆の顔が病人みたいに真っ青。
撮ったらすぐ見せて、見せてというシェフが言いますがとても見せられない。シェフにわけを説明して、もう一度お願いとすぐホワイトバランスを赤みを強くなるよう、そしてそれでちょうどいいくらいにホワイトバランスをマニュアルであわせて撮ったらようやく見れる写真に。
一同、デジイチってこんなに綺麗なの?と驚いていましたが見慣れた僕には新鮮な光景。
この後、席で料理を待っている間に、ギャルソンに5日間でフランスで食べた料理を5インチのモバイルPCで見せると、こんなにも小さいPCがあるなんて日本の技術は素晴らしいねとまた驚いて、せっかくだから料理をシェフに見せてあげてよとまたもキッチンへ行くことに。
オーベルジュ・ド・リル、ビューイゼル、レオン・ド・リヨン、ジャン・ポール・ジュネなどなどこれまで食べてきたジビエを見せて、僕はフランスにジビエを一通り食べるために来ましたと言うと、とても感心したような様子。
そうそうギャルソンにはジビエがそんなに好きでしたらシャモニーにあるレストランをお勧めしてくれて、忘れないうちにすかさずメモ。

それとこのレストランで嬉しかったことはまだあり、なんと僕の隣に座っていたシャトー所有のご夫妻からワインを一本もらいました。
最初、ギャルソンがワインを一本持ってきて、え?もうワインは飲み終わったに何で?と思ったら、「あちらのご夫妻からのプレゼントです」と言うので、すぐさまそのご夫妻には感謝の言葉を言いました。
でシャトーはワインのラベルから見てこの近くだというのがわかったので、近くにあるんですか?と聞いたら、ギャルソンは今度はこのあたりの詳細な地図を持ってきてこのあたりですと説明。
そのご夫妻はそのギャルソンを名前で呼んでいましたので、常連なんでしょうね。

さてようやく食べた物に移ります。

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珍しくメゾン・アペリティフの写真を撮っていました。」
だいたいレストランではメゾン・アペリティフを頼むことが多いです。だってシャンパンはどこでも飲めます。でもメゾン・アペリティフは地酒をよく使うので、その地方ならではのものです。
ブルゴーニュならクレマン・ド・ブルゴーニュ、アルザスならクレマン・ダルザス、今回のランドドックあたりならブランケット・ド・リムーのように。
ギャルソンにメゾン・アペリティフを聞いたらやっぱりブランケット・ド・リムーを使ったもので、オレンジジュース割りでした。一言でいうならミモザですね
メイン・ダイニングの前に暖炉が燃える部屋でまずは一服。三ツ星レストランでもそれなりのアペリティフを飲む場所がないレストランもあるのに、このレストランは1つ星ながらこの部屋、広々としたメインダイニング、ゴルフ場などの広大な敷地を含めて立派です。料理も美味しいし、ゲストをとても寛がせてくれるサービスもいいのにこれで1つ星なんてあり得ない。ほんと過小評価もいいところ。


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横に長い広々としたメイン・ダイニング。その端っこに座っただけに尚更広々とした気分に。もっと広く撮れますが、隣のテーブルの人が写るのでこれぐらいで。
手前にも一番奥にも大勢のグループ、それから僕の両隣には夫婦、食べていたら若いカップルが来て、日曜日の昼だけあってそれなりに人数がたくさんで賑やか。

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まずはオマール海老のデキュスタション。ミルファイユ、ソースピストゥ、カルパッチョなどの5種類の調理方法で味わいます。カルカッソンヌという陸地でなにもオマール海老を頼まなくてもと思うかもしれませんが、ジャン・ポール・ジュネで隣のビジネスマンが美味しそうに食べているのを見て、どこかで食べようと思っていたらちょうどよくこのメニューがあったのでつい頼んでしまいました。


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オマール海老にはこの白ワインをグラスで。

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メインはジビエの季節ですからもちろんジビエで山鶉。

山鶉のココット仕立て、じゃがいものスフレとキャベツのコンフィ


今回の食べ歩きの初めにシェ・ミッシェルでも食べたのでこれで2回目ですが、山鶉は赤と灰色と2種類ありますよね。シェ・ミッシェルでは灰色、このレストランでは赤でしたのでうまい具合に2種類食べ比べできました。
そうそうこのレストランはジビエが森鳩、野兎、猪と豊富ですから、カルカッソンヌに滞在の時にジビエの季節でしたらここで食べるのがお勧め。なぜならシテ内、シテの外も半日ぐらいかけてジビエが食べれるお店を探してみましたがほんと見つけるのにやっぱり苦労しましたし、ドメーヌ・ドーリャックの肝心の味は水準を十分クリアしていますので。

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山鶉にはこのワインを。ランドドックのワインなんて知りませんからソムリエにおまかせです。

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デザートはアラカルトにはありませんでしたが、ムニュのグランデセール盛り合わせを見て、アラカルトでも頼めますか?と聞いてみたら即答でウイでしたのでそれを。
グランマニエ風味のスフレ、プロフィットロール、ガトーショコラ、キャラメリゼしたバナナなど。

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ランドドックあたりなのでデザートワインにバニュルスの1986を。

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しめは生まれ年のアルマニャックがあったので迷わずそれで。
余っていたら売って欲しいのですがと聞いたらこれがラストなので駄目と。でどこで買えますか?と聞いたらパリ辺りのニコラならと言いますが、このドメーヌは見たことがないし、そもそもニコラって品揃えのいい店とそうでないお店の差が大きいことがあってあまり利用しないです。でもニコラを見かけたら生まれ年のアルマニャックがないかどうか見ますけどね。


食べた後はカオールに移動。移動したのはカオール郊外の日曜日の夜でも営業している1つ星レストランのためだけです。そのレストランに行くまで面倒なことがありましたがそれはレストランの話もあわせて後日。

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おまけでカオール駅。

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それから僕の荷物3つとレザムルー。
このカップルではなくて、アルボワ駅で電車を待っていたレザムルーにレザムルーって日本語で何て言うの?と聞いてくるから恋人達って答えてあげました。
日本語で何か知っている言葉はありますか?と聞いたらシュリケンと言い、投げる真似をするから可笑しくて。漫画の影響だと思いますが、フランス人から手裏剣という言葉を聞くなんて思いもしなかったですね。
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by esthetisme | 2008-05-28 23:50 | 07/11/27~12/5  フランス
ボシーバンド/アフター アワーズ(1978)
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ボシーバンド/アフター アワーズ(1978)

70年代のアイリッシュ・ミュージックを代表するボシーバンドの78年のパリでのラストライブを収録したアルバム。
90年代にケルト音楽が流行して、その時にケルト音楽の魅力に嵌りましたが、ルーツを聴きたくて年代を遡って調べていたらこのバンドに出会いました。
メンバーは

ケヴィン・パーク(フィドル)
パディ・キーナン(イーリアン・パイプ)
マット・モロイ(フルート)
ドナール・ラニー(ボーカル・ブズーキ)
チリーナ・ニ・ゴーナル(ボーカル・クラヴィネット)
ミホール・オ・ドーナル(ボーカル・ギター)

※名前は解説の表記に従いました。


の以上6人。
それぞれがソロ、グループでこのバンドの前後に名盤を発表していて、あまりに豪華な今では信じられない編成です。

ボシーバンドにおいて、中心人物のドナール・ラニーは、アイリッシュ・ダンス・チューンのリズム・アレンジの可能性を追求しました。
彼は、リズムをとことん追い込んでみたかったのでしょう。
彼らの演奏のノリは、電気楽器を使用していないのにジグやリールをもとに目いっぱいハードにリズムを刻み、ロックバンド並みの過激さがあり、当時、地元では賛否両論だったとか。
とはいえ彼らの伝統音楽のアレンジ、演奏はこの後のアイリッシュ・ミュージックに大いに影響を与えることになります。
ボシーバンドの前のプランクシティの影響もアイリッシュ・ミュージックにおいては大きく、それまで使われることがなかったブズーキ等の大型の復弦楽器は、アイリッシュ・ミュージックの定番楽器となったほどです。
さてアルバムは、ジグ/スリップ・ジグ/リールのメドレーからスタート。ドライブ感溢れる演奏はほんとエネルギッシュ。
彼らの演奏は、ブズーキ、クラヴィネット、ギターがリズムの核となり、その3人の演奏が十分にホットとなったところで、パイプ、フルート、フィドルが飛び込んできて、行ける所まで突っ走るというのが黄金パターン。
そんな演奏の合間には穏やかで、美しいバラッドを挟み、静と動のメリハリが効いたアイリッシュ・ミュージックの典型的な流れとなっています。

2曲目はボシーの演奏がこの曲の定番となったジグ。
3曲目はミホールがゲール語で歌われるバラッド。
4曲目は数あるリールの中でも難易度の高いリール。
5曲目はチリーナが歌うバラッド。終わった後に彼女のくしゃみが聞こえるのはライブならでは。

と解説から簡単に抜粋。以下省略。


このライブで完全燃焼したボシーバンドは解散し、メンバー達は、それぞれソロで活躍していくことで行くこととなります。
最後にボシーバンド結成前、解散前後のそれぞれのメンバーのアルバムをざっと書いてみました。
これらもまた後で1枚、1枚書きたいですね。


ボシーバンド結成前

71年 セイムタイトル/SKARA BRAE(トリーナ&ミホール)
74年 THE WELL BELOW THE VALLEY /PLANXTY(ドーナル・ラニー)
75年 TORINA/Triona Ni Domhnaill(チリーナ・ニ・ゴーナル)


ボシーバンド解散前後

78年 TOMMY PEOPLES/マット・モロイ、ポール・ブレディ(マット・モロイ)
79年 PROMENADE(ケヴィン&ミホール)
82年 PORTLAND(ケヴィン&ミホール)
81年 MOVING HEARTS(ドーナル・ラニー)
84年 NIGHTNOISE(ミホール・オ・ドナール)
この時はデュオでしたが、後にチリーナを加えてグループとなります
85年 RELATIVITY (トリーナ&ミホール)
87年 GATHERING PACE/RELATIVITY (トリーナ&ミホール)
88年 IRISH HEARTBEAT/ヴァンモリソン&チーフティンズ(マット・モロイ)


ざっと書いてみました。マット・モロイは後にチーフティンズに加入、ドーナル・ラニーはプロデュース業も行い、アイリッシュ・ミュージックの重鎮となります。
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by esthetisme | 2008-05-24 11:23 | ケルト
裸体芸術の極致  ティツィアーノ 「ウルビーノのヴィーナス」
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日本で初めてとなるヴィーナス展

古代神話に登場するヴィーナスは、愛と美の女神としてとりわけ有名です。神話の登場人物のひとりとして、また愛や美という哲学的な問題を象徴する存在として、西洋の芸術家は彼女を描き続けました。
本展では古代、ルネサンス、そしてバロック初期に至るまでの、ヴィーナスを主題とする作品を展示します。
ヴィーナスの神話が、いかに古代の芸術家のインスピレーションを刺激したのか、そして古代文化が再生したルネサンスにおいて、どのようにヴィーナスの画像が復活し、発展したのかを、約70点の絵画、彫刻、工芸品等によってたどります。

「ウルビーノのヴィーナス」は、ルネサンスのヴェネツィアを代表する画家ティツィアーノの名品です。その艶かしさによってこの作品は、以後の画家たちにとっても女性ヌードの手本となり続けました。
本展ではフィレンツェのウフィツィ美術館が誇るこの作品を、日本初公開いたします。
この他にも、フィレンツェをはじめとするイタリア各地の主要な美術館・博物館から、ヴィーナスを表した選りすぐりの作品が出品されます。

以上、本展のチラシより。

ティツィアーノの作品を鑑賞するのは2006年のプラド美術館展で見た「ヴィーナスとオルガン奏者」以来でしたが、その時以上に今回は「ウルビーノのヴィーナス」をとにかく時間をかけてじっくりと見てきました。
というのも以前、ウフィツイ美術館で見たときはボッテリチェリの「プリマヴェーラ」やフィリッポ・リッピの「聖母子と二天使」などやティツィアーノの作品でも「フローラ」のほうに目を奪われてしまい、そのときは「ウルビーノのヴィーナス」をよく覚えていなく、その前に見た同じヴィナースの作品で「聖愛と俗愛」がとても気に入っていってしまったことがありましたので。
保存状態、修復のおかげなのでしょうか、とても約500年ぐらい前の作品とは思えないほど色彩が鮮やかで、ヴィーナが生き生きとしています。人物が生き生きと、それも今に動きそうぐらいリアルに描かれているのはルネサンス絵画の特徴とわかっていてもやはり実物を見ると驚いてしまいます。
他のヴィーナスの作品と一緒に展示していたのですが、他のヴィーナスの作品との格の違いはあまりにもありすぎて、「ウルビーノのヴィーナス」以外の作品がどうしても霞んでしまい、「ウルビーノのヴィーナス」の次によかったのがアンニバレ・カラッチの「ヴィーナスとサテュロス、小サテュロス」ぐらいでしょうか。こちらに向けているヴィーナスの背中が官能的です。

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ジョルジョーネ 「眠れるヴィーナス

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ティツィアーノ 「ウルビーノのヴィーナス


「ウルビーノのヴィーナス」はウルビーノ公グイドバル・デラ・ローヴェレ二世の注文による作品です。1631年に彼がフェルディナンド・デ・メディチ2世と婚約した際にフィレンツェにもたらされました。
モデルはこのヴィーナスにグイドバルドもしくは父フランスチェスコ・マリア・デッラ・ローヴェレの愛人の面影を見る説、フランチェスコ・マリアの妻エレオノーラの肖像とする説、高級娼婦とする説などなどいくつかありますがどの説も決定的なものではないため。モデルが誰かは謎のままです。
タイトルは、ヴァザーリが「芸術家伝」の中で、「ウルビー公爵フランスチェスコ・マリア所有の横たわるヴィーナス」とこの作品に言及したことからつけられました。
イギリスの美術史家であるケネス・クラークは、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」を「天上のヴィーナス」とし、「ウルビーノのヴィーナス」は、「地上のヴィーナス」とそれぞれ性格づけています。
事実、ティツィアーノは明らかにジョルジョーネの構想をヒントにしたにも関わらず、出来上がった作品には大きな違いがありました。
「眠れるヴィーナス」が腕を枕にした古代の眠る人物像を取るのに対して、「ウルビーノのヴィーナス」は右腕をクッションに乗せ、完全に目覚めて、鑑賞者の目を見つめています。その眼差しは誘惑的でもあるとも挑発的であるとさえ見ることもできるでしょう。
また「眠れるヴィーナス」の背景はまどろむ田園風景となっていますが、「ウルビーノのヴィーナス」ではヴェネツィアの貴族の邸の寝室に変えられています。
ヴィナースは、右手に薔薇の花(愛の象徴)を持ち、足元には小犬(忠節の象徴)、窓辺にはミルテ(結婚の象徴)の鉢植が置かれ、二人の侍女が世俗性を高めています。
何よりもこのヴィーナスの特徴づけているのは、その肉感的な肢体であり、ジョルジョーネのあまりにも完璧な美しさを誇るヴィーナスよりはるかに官能的でしかも温かな人間性さえ感じることができます。ティツィアーノの裸体芸術の極致と言うことができるでしょう。
なおティツィアーノはこの作品を描く15年から20年ほど前に「海から上がるヴィーナス」で、すでに古代的で密度の濃いヴィーナス像の表現に成功しています。
「ウルビーノのヴィーナス」がもたらした美術史の意義はきわめて大きくゴヤの「裸のマハ」、マネの「オランピア」に裸婦のポーズや官能性は引き継がれ、いずれの作品も近世から近代に至る裸体画の変遷にとってターニング・ポイントとなっています。

参考文献

「本展」図録
名画の見どころ 読みどころ 16世紀ルネサンス絵画②
朝日グラフ別冊 ティツィアーノ
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by esthetisme | 2008-05-18 22:26 | 展覧会
アウロラ・モレーノ/アイナダマール
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アウロラ・モレーノ/アイナダマール 1988年 スペイン

1 あなはもう知っている
2 私の家においで
3 呪い師、おいで
4 言っておくれ
5 私の魂を奪う人
6 若者
7 私を望む人はいない
8 私の娘
9 月曜日に目覚めた
10 母は私に何も言わない
11 白き肌の恋人
12 エル・ポロ 

キングレコードのユーロ・トラッドのシリーズの1枚として、リリースされたのが今回のアウロラ・モレーノのアイナダマール。
セファルディーの伝統を現代に甦らせていて、知られざる南欧トラッドを知るには格好の内容です。

セファルディーとは、スペイン系ユダヤ人のことで、紀元前のユダヤ離散の後にイベリア半島に住みついたユダヤ人が、15世紀の終わりにイサベル女王とフェルナンド王の縁組によるスペイン統一、レコンキスタの為に、アフリカやアジア、バルカン半島に追放されることになった人たちのことです。
彼らは当然のごとく、中欧から北欧、東欧に住みついたアシュケナージとは、また違った文化を持っています。
セファルディーが取り上げる重要なものの1つが「ロマンセ」と呼ばれる中世スペインの物語り歌であり、詩形や脚韻においても明らかにされています。

解説によるとアウロラのメリスマの効いたヴォーカルと、フラメンコでお馴染みのスパニッシュ・フリジア旋法が鳥肌が立つほど衝撃的だそうですが、そのようにわかる方の感性が羨ましいですね。
どちらも初耳の言葉でセファルディー、アシュケナージ同様に知らない言葉を知るのが楽しいし、後述した普段耳にすることがない楽器の音色のを聴けるなど、ユーロ・トラッドを聴いていると学ぶことがたくさんあって、それはユーロ・トラッドを聴く醍醐味ですね。

さてアルバムではフラメンコギターとクラシックギターを使い分けていて、ダルプッカ、プサルテリー、ペンディルなどの伝統楽器にキーボード、ベースやドラムを加えているせいか、伝統音楽といっても曲、アウロラの歌のどちらも聴きやすい。
そのおかげでイスラム風のメロディが心地よく耳に響いてきて、よく残りますね。とにかくアウロラの歌唱が絶品です。
調べてみましたがこのアルバムの前後にアルバムを発表していないようなのですが、これだけの歌い手だけにほんともったいない話です。

1曲、1曲と曲ごとの解説が丁寧だし、歌詞の訳があるおかげでセファルディーの伝統の世界をたっぷりと満喫できます。

つくづく思いますが、このユーロ・トラッドシリーズはアイルランド、オランダ、スペイン、イタリア、フランスなどなど各国の伝統音楽を紹介していた素晴らしいシリーズでした。
ただ既に廃盤なので聴くのにほんと苦労しています。
第一弾、第二弾をあわせて全部で25枚。そのうち持っているのは19枚。完全コレクションまでまだまだ遠いですね。
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by esthetisme | 2008-05-10 20:40 | 世界中の歌姫
ギュスターブ・モロー/ガラテア
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ギュスターブ・モロー/ガラテア

ギリシア神話によると、海の精ガラテアにはアキスという恋人がいました。
ある日、一つ目の巨人であるポリュフェモスがガラテアに一目惚れします。
がそれは叶わぬ恋で、嫉妬に駆られたポリュフェモスはアキスを殺してしまいます。
モローはそのエピソードから、ポリュフェモスとガラテアの対面という象徴的な場面だけを採用し、絵画化しています。

モローは、所持していたオウィディウスの「変身物語」の1666年の古い版にある「美しいニンフを愛する恐ろしい巨人」を描いたのみならず、それを失意と崇拝の不朽の名作に、美女と野獣、またはスザンナと長老たちという主題を想起させる新しいイメージに仕立て上げました。

海の洞窟の植物を描く前に、モローが探求していた幻想的な効果を得るために、所有していた「マガジン・ピトレスク」やさらには、パリの自然史博物館の図書館で参照したイギリスの著名な本である「アンティオノロジア・プリタニカ」によって資料の詳細な調査を行い、たくさんの習作を水彩で描きましたが、それらはモロー美術館に収蔵されています。


海のほの暗い洞窟の中にその名のとおり白い裸身を浮かび上がらせるガラテアを、岩の裂け目から一つ目ならぬ三つ目の巨人が見つめています。
油絵の具の質感とかすれを生かした流れる黄金の髪、様々な色が重なった洞窟の闇に繊細な線描きだけでレースのように浮かびあがる海底の植物など、三次元の立体世界を再現をすることを旨とした当時の描法からすれば、新しい試みに溢れた絵画と言えます。

モローはこの「ガラテア」を「ヘレネ」と一緒に1880年のサロンへ出展しましたが、それは最後の出展となりました。
「ガラテア」は、まわりに展示された自然主義の作品やアカデミーの順応主義の作品とは一線を画す、まさに珠玉の作品と呼ぶにふさわしい様相を強調する大きな額縁に収められ、注目の的となりました。
それに驚く批評家もいれば、熱狂する批評家もいました。人々は、ダ・ヴィンチやゲーテやダーウィンを引き合いに出しました。

「さかしま」の著書であるユイスマンスは

「幻視者の筆の魔力」と褒めそやし、例えばその洞窟を「類まれな光り輝く宝石と、淡いブロンドの長い髪の中で眠っているガラテアの、乳房と唇とばら色に色づいた白い肉体が潜む、聖櫃のよう」と描写しました。

モローがこれ以後サロンへ出展をやめたのは、様々な要因が考えられますが、1874年からの印象派展の開催など反サロンの動きが活性化し、サロンの権威や体質が変化していったこと、長く入念な準備を必要とするサロン出展作よりも、手軽に自由な斬新な表現が得られる水彩画へ彼の興味が移ったことが考えられます。
そもそもモローは絵を売って生活する必要がない恵まれた環境にいたため、サロンへの出展には執着がなかったのです。

※サロン:当時の画家たちにとって自分の腕前を公表できる唯一の機会

モローは、最晩年にこの主題を再び取り上げました。愛好家に頼まれて描いたのでしょうか、現在ではフォッグ美術館に収蔵されています。
その時の作品では、ガラテアの美しさではなく、叶わぬ恋の相手に魅入るポリュフェモスの空しい憧憬がそのものがテーマとなっています。

1897年の11月にモローは、「ポリュフェモス」と題して次のように書いています

「地上の大きな瞳は、驚嘆し、心惑わされて、透明な水のかくも清らかな真珠の上に釘付けとなっている。底知れぬ深淵のこの花の凝視しつつ、愛と苦渋に眼差しは曇り、大きなな瞳はさびしげになる」

参考文献

「朝日グラフ別冊 美術特集 モロー」
「オルセー美術館 19世紀 美術家たちの楽園」図録
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by esthetisme | 2008-05-10 08:28 | ギュスターブ・モロー
竹寺 精進料理
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・天ぷら

もみじの葉
柿の葉
桜の葉
よもぎ
たんぽぽなど

天ぷらの右隣は山の蕗。
天ぷらの下は、フキノトウの佃煮


お盆の左は梅の漬物を紫蘇で包んだもの
添えてある花は卯の花?
歌 「五月山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまた鳴かぬかも」


お盆の右はトトキと細くきった竹の子のお浸し
添えてある花はハハコグサ。
春の七草である「せり、なずな、ごぎょう、 はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ」
が短冊に書かれていまし


山の蕗の右隣は山芹の胡麻和え。
山芹は竹寺あたりでは大きな花が八つあるから八葉と呼んでいるとのこと。
添えてある花は白い藤の花。
歌は「藤浪の咲き行く見ればほととぎす鳴くべき時に近づきにけり 」 大伴 家持

お盆の上の竹の器の中に入っているのはカリン
添えてある花は赤いつつじ
ちょっとしかないのが愛嬌のあるところだそうで、
歌 「わが宿のいささ郡竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも」大供 家持

カリンの隣は松の実。

これがまずテーブルに用意されていて、春の華やぎを感じさせる盛り付け、食材の数々、季節の花、それらに万葉集から歌を短冊に書いてあり、風雅な精進料理に感激。
器も竹でできているなら箸も竹、お酒とお茶の器、酒器も竹でほんと竹寺というだけあり、竹にこだわっています。
この後は孟宗竹の味噌づけ、孟宗竹の煮物、白和え、せりといわたけのお浸し、竹の子ご飯、蕎麦、落花生を炭で包んだお菓子と羊羹がデザート。後半の部分はただいまICレコーダーからなんとか必要な情報を聞き取っている最中なのでそれが終わってからまたアップします。
前半はビデオで撮っていたので、住職の話がそれなりに聞き取り可能でしたが、あいにくのバッテリー切れ。半日も持たないなんてほんと困ったビデオカメラです。
でもICレコーダーを持っていてまだよかったですが。これから聞き取って書くと時間がかかるし、撮影もしているとそれまた時間がかかるわけでこれからの食べ歩きではメモ代わりにICレコーダーに頼りたいです。
とりあえず覚えている話は絶対言うと思った廃仏毀釈の話、孟宗竹の話ですかね。これももう少し書きたいです。
食べ終わって、これは秋も絶対来たい、例え最寄のバス停から1時間か1時間半かかろうが歩く価値があると思いましたね。
今回は楽にバスで行けましたが、帰りに寄るところがありバタバタとゆっくりできなかったのが残念でしたし。1時間ちょっとでお酒もお代わりしてかなりのハイペースで飲んだのでやっぱりゆっくりと食べたかった。
それはツアーの方もすみませんと謝っていましたので来年は改善されるといいですけどね。
でもとりあえず去年は行くことができなかったのでようやく今回行くことができて
今年もツアーを催行してくれた旅行会社の皆さんに感謝。
まだまだ日本中食べたことのない精進料理のお寺、お店がありますので日本中回って本を出した人を見習ってどんどんこれから食べていきたいです。
竹寺に続き、今月は毎月の恒例の三光院、それから蔬菜坊に山菜料理を楽しみに行くことにしているのでこれまた楽しみです。
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by esthetisme | 2008-05-06 20:13 | 全国の精進料理紀行
赤い風船  1956年 フランス
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you tubeより転載。エキサイトだと埋め込みができないようですので画像にリンクを貼りました。
一分にも満たないですが、それなりにこの映画の雰囲気がつかめるのではないでしょうか。


○赤い風船
30分ちょっとの短編ですが、くすんでいるというか鮮明でない50年代のパリの街並みに原色の赤い風船があまりにも鮮烈すぎ。そう目立つようにしてあると思うのですが、風船の特撮同様に監督の腕の見せ所なのかなと。
どこに行くにも友達のように主人公の後をついていく風船は、意思を持っているかのよう。
しかしわんぱく小僧にしぼめられてしまいますが、悲しみに暮れる主人公の元にパリ中の色とりどりのたくさんの風船が主人公の元に集まり、大空の彼方に連れて行くいうファンタジックな内容の映画。
ほんと束の間のおとぎ話ですが、一度見たら忘れらない魅力があります。
とりあえず簡単に。近くのビデオレンタル屋にあってようやく見ることができました。そのビデオレンタル屋さん、シベールの日曜日も置いてあるなどなかなか見かけないレアなビデオがありほんと助かります。
パンフが入手できたらもっと書きたいです。パンフがないと画像がなくやっぱり寂しいですしね。
あとはブーベの恋人、ルートヴィヒ 神々の黄昏、鏡、ラ・マルセイエーズも見ましたよ。
それはまた後で。
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by esthetisme | 2008-05-03 23:58 | 映画
須山 公美子 夢のはじまり 1986年
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須山 公美子 夢のはじまり 1986年

1 月夜の真空管
2 新しい大陸
3 空中ブランコの唄
4 しゃべらないわ
5 船唄
6 花まつり
7 東京一の軽業師
8 星のかけら
9 乙女のワルツ
10 マラソンランナー
11 すたあまいん


アコーディオンやピアノを弾き、着物を着て歌を歌っていたという須山 公美子さん。
その姿は以下のページで見れますし、この2ndアルバムのジャケットからでも想像がつきますね。

http://www.h2.dion.ne.jp/~keiticle/gallery/eisei/suyamasan.html

そのページで紹介された「少女の憧れ」は、EPで発表され、現在廃盤の1stアルバムにボーナストラックで収録されていて聴くのが難しいので、こうして簡単に一曲、フルで聴けるのがありがたい。
当時の様子を須山さん本人が語っていて興味深いし、聴いてみると日本歌曲を思い起こさせ、懐かしさを覚えるそんなメロディの曲です。
その曲の後に発表したのが今回の2ndアルバムで、次の3rdアルバムと同様に彼女のアルバムの中では特に傑作です。

2ndアルバムでは著名なミュージシャンをゲストに迎えて製作されましたが、特に有名な方と言えばチェロの溝口 肇さんでしょうか。
曲は弦楽四重奏、和風マーチングソング、ノスタルジックな叙情に溢れたアーコディオンとマンドリンでワルツの曲、早口でまくしたてるように歌うアップテンポな歌、大正琴の日本的な情緒が香る曲、路上で録音したチンドンの音にボーカルを重ねた曲、ピアノと再び弦楽四重奏のバラード、わずかなギターの伴奏以外はほとんどアカペラのカバー曲、ピアノとヴィヴラフォーンのロマンチックで夢見心地な曲などなどバラエティに富んでいます。
曲同様に声色が曲にあわせていろいろで、しっとりと情感のこもった声、アニメの声優のような声、可愛い乙女のような声などほんと聴いていて楽しいアルバムです。
次回はこの後の3rdアルバム「わたしがなりたかったもの」を今度は書きたいですね。
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by esthetisme | 2008-05-01 22:41 | 世界中の歌姫