総合芸術と生活美学を目指して~僕の審美眼に叶う愛しい物達~
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今はなきレオン・ド・リヨンの森鳩。生涯で一番美味しかったジビエ。あまりの美味しさにまた食べにフランスに行ったほどです。これを超えるジビエ料理に出会いたい!!
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自己紹介

美味しいものが大好きで、音楽、映画、絵画、文学における抒情美を追求している「るしぇるしぇ」といいます。


誕生日 14.4.1979

尊敬する人物

レオナルド ダ ヴィンチ
稀有の総合芸術者です。

好物:
フォワグラ、ピジョン、
グルヌイユ、ジビエ
アバ、ビターチョコ、
ワイン、ハーブ系のお酒、
アルマニャック、日本酒
刺身、湯葉、

嫌いな食べ物:
添加物を加えて
いる食べ物、
ジャンクフード、
ファーストフード、
インスタント食品、
チェーン店の料理、
創作料理(フランス料理
なら正統的なフランス
料理を食べたいので、
でも一店だけ例外はあり
ます。)


お腹をただ満たすための
食事ではなくて、
ゆっくりと時間をかけて
味わい、全身で美味しさ
を喜ぶことができる、
そんな料理が食べたい
です。

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カテゴリ:抒情詩( 15 )
水 仙 ウィリアム・ワーズワース
この前、シェリーの詩の紹介の時にワーズワースの名前がでましたが、このブログに彼の詩がひとつもアップしていなかったのでまずは有名な詩のひとつである水仙をアップします。

水 仙
            ウィリアム・ワーズワース

谷また丘のうえ高く漂う雲のごと、
われひとりさ迷い行けば、
折りしも見出でたる一群の
黄金(こがね)色に輝く水仙の花、
湖のほとり、木立の下に、
微風に翻りつつ、はた、踊りつつ。

天の河(あまのがわ)に輝やきまたたく
星のごとくに打ちつづき、
彼らは入江の岸に沿うて、
はてしなき一列となりてのびぬ。
一目にはいる百千(ももち)の花は、
たのしげなる踊りに頭をふる。

ほとりなる波は踊れど、
嬉しさは花こそまされ。
かくも快よき仲間の間には、
詩人(うたびと)の心も自ら浮き立つ。
われ飽かず見入りぬ──されど、
そはわれに富をもたらせしことには気付かざりし。

心うつろに、或いは物思いに沈みて、
われ長椅子に横たわるとき、
独り居(ひとりい)の喜びなる胸の内に、
水仙の花、しばしば、ひらめく。
わが心は喜びに満ちあふれ、
水仙とともに踊る。
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by esthetisme | 2009-03-11 23:53 | 抒情詩
シェリー 雲
この詩は1819年に祖国の現状に絶望したためイギリスを去り、イタリアの美しい風光に彼の詩魂が白熱して燃え立っていた翌年の1820年に書かれました。このころは詩作に没頭していて、数々の絶唱を書きました。
今回の詩だけでなく「夜に」、「ひばりに寄せて」、「西風に寄せる歌」などなどです。
大作である「縛めをとかれたプロミーシュース」もこのころ書き出されました。

シェリーはその抒情詩において、自然を理想化し、観念化していると言われています。しかし、彼の求めたものは、自然の果てしない創造性を讃美し模倣することにほかなりません。
彼の描く自然は、同じロマン派の詩人ワーズワースのそれのように、静止する絵でありませんでした。いきいきとした、生命力をもつ、活動する力そのものです。
彼は精密な目をもって自然を観察しました。たとえば「雲」ではその生誕から死へという、永遠の循環のうちにはたらく自然の有機的な活動力と生成力を歌っています。彼はこうして自然の創造しする力をひとつひとつ歌い上げます
とはいえ、自然は単なる生成のみを意味しません。西風のあらし(注1)のように、それは再生する力であると同時に、狂暴な破壊力を持っています。創造は、破壊から初めて生じるのです。こうした輪廻、転生の観念のもとにあって、死は生命の消滅ではなくて、たんなるひとつの変形、生の高次な形態への変形にほかなりません。死によってわれわれは自己を喪失しますが、それはまた再生するためのものです。
だからこそ、死んだのは「死」ではあり、アドネース(注2)ではありませんでした。彼は「自然とひとつになった」そうして一つになったものは生き残り、他の多くのものは変化し、消滅していきます。そこに、初めて詩人は永遠の世界に参与することをゆるされるのです。

注1 「西風に寄せて」という詩を指していると思います。このブログにアップしています。

注2 親友のキーツを悼んで歌った詩です。

参考文献

「シェリー詩集」 新潮文庫
「シェリー詩集」 弥生書房 

シェリー 雲
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by esthetisme | 2009-03-04 19:09 | 抒情詩
5月の歌(なんと目覚めるばかりに)  ゲーテ
5月の歌(なんと目覚めるばかりに)  ゲーテ

なんと目覚めるばかりに
自然の照りはえていることよ!
なんと太陽の輝いていることよ!
なんと野原のはなやぎ笑っていることよ!

花がきそって咲き出でる
茂みの中からは数知れぬ歌ごえが
よろこびが沸き溢れる

おお大地よ!おお太陽よ!
おお幸せよ、おお楽しさよ! おお愛よ、おお愛よ!あの山にかかっている
朝の雲のように黄金なすその美しさよ!

お前ははなやかに祝福する
さわやかな野や畑を、
かぐわしい花がすみに
包まれた天地を。

おおおとめよ、おとめよ、
どんなに私はお前を愛していることだろう!
どんなにお前の目の輝いていることだろう!
どんなにお前は私を愛していることだろう!

歌と空とを愛する
ひばりのこころにも似て、
空のかおりを愛する
朝の花のこころにも似て、私はお前を愛する、

あつい血をたぎらせて
お前は私に青春と
喜びとはずむ心を与えてくれる 新しい歌とおどりに
私のこころははずむ

いつまでも幸せであれ、
お前が私を愛する限り!


参考文献 ゲーテ詩集 「新潮文庫」

毎年、その季節になれば必ずアップする抒情詩、音楽、絵画などがあります。今回のゲーテの詩はその格好の例です。
さてGWは6連休となりましたが、ほとんどは3月に取り損ねた資格の勉強で終わりますね。
毎年恒例と化してきた秩父の羊山公園へ芝桜を見に行くとのと竹寺の精進料理を食べる以外は外出の予定はありませんから、勉学に励む日々。
今度こそ合格を勝ち取ります。そして5月中に4科目ある中級の試験を最低でも1科目でも合格し、勢いにのり次々合格していき、中級の資格を遅くても7月まで取るのが目標です。
だらだら勉強していても集中力が落ちるので、きちんと目標を決めないと勉強が捗りませんし、そもそもやる気が起こりませんし。
今の仕事でステップアップにはいい経験ができているのでその経験と中級程度の試験で更に上の仕事に就くのが資格取得後の目標です。
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by esthetisme | 2008-04-30 23:32 | 抒情詩
真実は杯のうちにあるということ。
紅の酒よ!おまえほど誠の深い友はいない。
真実は杯のうちにあるということ。

バイロン

今日の詩人はバイロンといって、彼はロマン主義の典型と言えるほど劇的な人生を送りました。
それだけに彼はロマン主義を生き様で体感したと言えますね。
この詩を読んだのはケンブリッジ大学の頃で、この頃は放逸な日々を送っていたと言われています。
昼はピストルの練習、乗馬、ボート、熊のけんかなどに興じ、夜は女もあつめて乱宴をはり、頭蓋骨の杯に酒を満たして飲んだなどと伝えてられています。
大学を出た後は憂鬱で孤独であったため、鬱積するものを晴らすため、地中海地方へと大きな旅へと出ます。
旅の途中でうけた感動的な出来事の数々は「チャイルド・ハロルドの巡礼」という長詩として発表されますが、たちまちに人々を熱狂させることとなります。そして上院議員となり、ロンドンの上流社会の一員としての地位を得ると、多くの女性の心を捉えるようになりますが、何人もの女性との関係がもつれにもつれてしまうと、彼は悪魔のように疎外され憎まれるようになり、イギリスを出て行くしかなくなってしまいます。
イギリスを出た後は二度と祖国に帰ることはありませんでした。イタリアでイギリスの生活に相容れなかったシェリー夫妻が彼をあたたかく迎え、ベニスでは伯爵夫人との情事がありました。
その後は若い頃に旅で訪れた時にトルコの圧制に対して同情を寄せたギリシャの独立運動に、義勇軍をひきつれてギリシアに上陸します。しかし戦いの途中で熱病で倒れてしまい亡くなってしまいます。

「もういちど杯を満たせ」 バイロン

もういちど満たせ大杯を、これほど心のしん底が
歓びに燃えるのは、今がはじめて
いざ飲もう、―だれが飲まぬか、―人の世の
めぐる宴に、あざぬかものは、ただ杯だ。

人の世があたえるものを、つぎつぎとためしたこの身
くろぐろと、おどる瞳の、光も浴びた
恋もした―だれがこばむか―心に知った
恋の火の燃えるときも、歓びはないものと。

若かった日々、心は春たけなわに燃え
愛恋はいつまでも飛びさらぬものと、夢みた。
友もいた―だれが持たぬか―いまは語るが
紅の酒よ!おまえほど誠の深い友はいない。

女ごころが、若者を つれなくふり捨てて
友情が日陰のように変るとも、変らぬおまえ
おまえは老いたが―誰が老いぬか―だが、おまえほどに
年とともに美質をましてゆくものはない。

恋の最上の歓びにめぐまれれば
そのとき恋仇は地獄の悪魔に誓って呪う
人は妬む―だれが妬まぬか―だがおまえには毒はない。
みながおまえを楽しめば、わが楽しみも深いのだ。

青春の日も、その驕慢も、去りゆけば
心のなぐさめに、ひたすら大杯にいそぎ
そこに見えるのは―だれが見ないか―魂はゆらめきつつ
古そのままに、真実は杯のうちにあるということ。

その昔、パンドラの筐が地にひらき
悩み、歓びを砕きそめてから
希望は去った―去ったではないか―だがわれらは杯に接吻し、
希望など心にかけず、杯にのみ歓びを知る。

葡萄よ、とこしえに!夏はすぎゆくとも
わが美酒(うまざけ)も老いてゆき、わが齢もたのしみを増し、
やがてわれら死にゆけば―誰が死なぬか―罪よ赦されよ
天上の酌取りの女神よ、いそがしくあれよ。

参考文献

「バイロン詩集」 新潮文庫
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by esthetisme | 2008-03-22 08:03 | 抒情詩
瑞々しい抒情と感性で編まれた詩集 島崎藤村 「若菜集」
秋風の歌 島崎藤村 処女詩集「若菜集」より

さびしさはいつもとかはらぬ山里に
尾花みだれて秋かぜぞふく

しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ白雲の
飛びて行くへも身ゆるかな

暮影高く秋は黄の
桐の梢の琴の音に
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知らりけり

ゆうべ西風吹き落ちて
あさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの鶉巣に隠る

ふりさけ見れば青山も
色はもみぢに染めかへて
霜葉をかへす秋風の
空の明鏡にあらはれぬ

清しいかなや西風の
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみぢ葉にきたるとき

道を傅ふる婆羅門の
西に東に散るごとく
吹き漂蕩す秋風に
飄りゆく木の葉かな

朝羽うちふる鷲鷹の
明闇天をゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
羽に聲あり力あり

見ればかしこし西風の
山の木の葉をはらふとき
悲しいかなや秋風の
秋の百葉を落とすとき

人は利剣を振へえども
げにかぞふればかぎりあり
舌は時世をののしるも
聲はたちまち滅ぶめり   高くも烈し野も山も
息吹まどはす秋風よ
世をかれがれとなすまでは
吹きも休むべきけはひなし

ああうらさびし天地の
壺の中なる秋の日や
落葉と共に飄る
風の行へを誰が知る

同詩集よりもう一編
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by esthetisme | 2007-09-19 17:35 | 抒情詩
シェリー 「西風に寄せて」
秋らしい絵画の次はイギリス・ロマン派の詩人 シェリーの 「西風に寄せて」を。
是非シェリーの抒情詩の最高作のひとつであるこの名詩をじっくりと味わってみてください。

荒れ狂う西風よ!迸り出る秋の息吹よ!
枯葉の群れが、今見えざるお前の傍から吹きまくられ、
妖魔から逃げ惑う亡霊のように飛び散ってゆく、

続き
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by esthetisme | 2007-09-13 00:38 | 抒情詩
秋風に舞う哀愁の旋律  抒情詩を中心に名詩の紹介
敬愛する詩人たちの中から秋にちなんだ抒情詩、象徴詩、恋愛詩などの名詩をこれから
どんどんと紹介していきます。
秋は詩人になにか特別な思いを掻き立てるのでしょうか、秋にちなんだ詩は数多くあります
第一回目はフランスの詩人 ポール ヴェルレーヌです
この詩人というと「秋の歌」という名詩があまりにも有名です

Chanson d'automne

                Paul Verlaine

Les sanglots longs
Des violons
De l'automne
Blessent mon coeur
D'une langueur
Monotone.

Tout suffocant
Et blême, quand
Sonne l'heure,
Je me souviens
Des jours anciens
Et je pleure

Et je m'en vais
Au vent mauvais
Qui m'emporte
Deçà, delà,
Pareil à la
Feuille morte.

そして広く愛唱された名詩だけに名訳以外にたくさんの訳が存在します
いくつか載せてみましょう。

まずはこの詩が知られるきっかけになった上田 敏の訳
秋の歌が落葉と変えられています。

落葉
            
秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
身にしみて
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。


その次に堀口大學さんの訳

秋の歌
            ポ-ル・ヴェルレーヌ

秋風の
ヴィオロンの
節(ふし)ながき啜泣(すすりなき)
もの憂き哀しみに
わが魂を
痛ましむ。

時の鐘
鳴りも出づれば
せつなくも胸せまり
思ひぞ出づる
来(こ)し方に
涙は湧く。

落葉ならね
身をば遣(や)る
われも、
かなたこなた
吹きまくれ
逆風(さかかぜ)よ。

どうでしょう?まだまだほかの方の訳詩はありますが、上記の2つの訳のように訳す人により詩のイメージが変わってきます。

あとこの詩人というともうひとつ秋を題材にした詩があります。

NEVERMORE

思い出よ、思い出よ、私をどうしたいのか?
秋は、どんよりとした空につぐみを飛ばせていた、
そして太陽は、短調な光りを投げかけていた
北風が吹きすさぶ、黄ばんだ森の上に。

彼女と私は二人きりで、夢見ながら歩いていた、
風に髪と想いをなびかせて。
急に、私の方に、感動的な眼差しをむけ、
「あなたの最も美しかった日はいつのこと?」
と、彼女の息づく黄金の声。

その甘く、響きのいい声は、天使の爽やかな音色。
つつましい微笑がそれに答え、
私は、敬虔に、その白い手に口づけをした。
―ああ、初花の何とよい香りがすることだろう!
心を魅するささやきのこもった、
愛する人の唇から出る、何という最初の「諾」。

こちらもまたこの詩人の詩の中では特に大好きな詩で
最初の「秋の歌」とともに何度愛唱したことでしょうか。
引用してきた「フランス 四季と愛の詩」は新訳で
フランスの名詩が読める貴重な本です。
もしもっとフランスの名詩が読みたいのでしたらおすすめします。
ただもっととりあげて欲しい詩があるので続編がでないのかと
訳者には期待していますが。
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by esthetisme | 2007-09-02 19:01 | 抒情詩
5月の歌(なんと目覚めるばかりに)  ゲーテ
5月の歌(なんと目覚めるばかりに)

なんと目覚めるばかりに
自然の照りはえていることよ!
なんと太陽の輝いていることよ!
なんと野原のはなやぎ笑っていることよ!

花がきそって咲き出でる
茂みの中からは数知れぬ歌ごえが
よろこびが沸き溢れる

おお大地よ!おお太陽よ!
おお幸せよ、おお楽しさよ! おお愛よ、おお愛よ!あの山にかかっている
朝の雲のように黄金なすその美しさよ!

お前ははなやかに祝福する
さわやかな野や畑を、
かぐわしい花がすみに
包まれた天地を。

おおおとめよ、おとめよ、
どんなに私はお前を愛していることだろう!
どんなにお前の目の輝いていることだろう!
どんなにお前は私を愛していることだろう!

歌と空とを愛する
ひばりのこころにも似て、
空のかおりを愛する
朝の花のこころにも似て、私はお前を愛する、

あつい血をたぎらせて
お前は私に青春と
喜びとはずむ心を与えてくれる 新しい歌とおどりに
私のこころははずむ

いつまでも幸せであれ、
お前が私を愛する限り!


参考文献 ゲーテ詩集 「新潮文庫」


5月ということでちなんだ詩を。前もこのブログにアップしましたが、僕の読む詩は終生、ロマン主義派の作家の抒情詩がメインなので毎年、アップします。読書と言えば古典文学のことで、古典文学以外読むことがまずありません。
古典文学でも特に好きなロマン主義は、ゲーテが出発点で、文学だけでなく美術、音楽とロマン主義が影響を及ぼした芸術分野を幅広く探求しています。
さて今回の詩は、愛する喜びを高らかに歌い上げていて、青春讃歌と称えるべき内容の詩に思えます。読んでいると10代の頃の熱いきもち、思い出などが甦ってきて懐かしさで一杯になりました。
あの頃は恥ずかしながら読んだ本の影響から詩のようなもどきを書いたことがありましたが、この詩のように明るい恋愛の詩は経験上どうしても無理でしたねぇ。聞くも涙、語るも涙(オーバーじゃないですよ)と悲しい話ばかりしかないので。
悲しい話というと自分の経験を重ね合わせたこともある以下の歌詞がふと頭に浮かびました。

♪震えた掌に滴が溶けて消える まるで雪のような僕の涙だから
中略
I'll try to sing for you
止まらない憂鬱 届かぬ想いだけ唄っていた

夢を見ていた あの空の 何処かにいる 貴方を想う
夢で泣いた 涙が今 溢れ出す…

おおっなんと懐かしい歌詞でしょうね。こういう歌を遥か昔に聞いていましたが、このグループ、変拍子や曲構成にプログレの影響をなんか感じさせて、下手な日本のプログレグループよりもメロディがよかったので当時は聴いていました。
でとにかく歌詞の世界が悲恋ばかりで、他の曲でも♪貴方の名前、呼びつづけ涙を落とした(おぉよく覚えているなぁと自分でも感心)というように涙という文字がでてきて印象によく残っていました。

次は日本の郷土料理の話を。以前アップした以外に山形の郷土料理がまだあるので追加しました。もう少しで山形に行きますが、具体的な費用と計算すると今回も食費に異常なぐらいかけています。3日間でひと月の家賃を軽く越えてしまうのですが、これは今年からの月いちの地方旅行では毎回そうで、月に1度の贅沢ですから目一杯贅沢したいんですよ。
今回1番かかるのは出羽屋ですが、これだけ費用がかかるのも山菜とりと調理に手間隙がかかるんでしょうね。本で30種類上と書いていたのでそれぐらいの数の山菜を期待したのですが、聞いてみたら今は20種類上とのこと。だいぶ少なくなりましたがそれでも1度に20種類以上の山菜を味わえる経験はまずないので貴重な経験をすることができそうです。
前から山菜づくしを味わってみたいと思っていて、全国各地にあるようですがやはり出羽屋が圧倒的にたくさんの数を調理方法多彩に食べさせてくれるので、1度は出羽屋で味わってみたいと思っていました。ちょうど山菜の旬の時に行けるのでほんと楽しみです。

また話は変って狙っているOMの50mmマクロなんですが、ヤフオクでかなり競り合いましたがなんとか落札しました。
そこらへんの中古カメラ屋さんより13000円ぐらい安いのですが、まレンズの状態を考えてだいたい8000円とか10000円ぐらいの徳でしょうか。念のためオリンパスに持っていって問題ないか見てもらいますが。
問題なければ今月下旬の井中居でデビュー予定です。予約は夜なので照明が暗いと思うから早速、明るいこのレンズが活躍してくれるといいのですが。
ところで井中居のHPの写真は、明治時代に立てられた建物の古色ゆかしい感じがよく伝わり素敵ですね。
ほんといい写真を撮るぞという意欲を掻き立ててくれます。早くOMの50mmマクロ使ってみたいです。
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by esthetisme | 2007-05-11 23:57 | 抒情詩
ピエール・ド・ロンサール カッサンドルへのオード
今週は薔薇を見に行く予定なので、薔薇の詩と言われたらすぐに名前が浮かぶのが、前にも紹介したピエール ド ロンサールの抒情詩。
今回は「カッサンドルのオード」と詩とは無関係ですが、ラファエル前派の画家であるウォーター ハウスの薔薇を主題に描いた絵画とあわせて載せます。
ちなみにこの詩に曲をつけたのは知っている限りでは2人の作曲家がいます。
ひとりはギヨーム・コストレでタイトルは「いとしい人よ、バラを見に行こう」で、16世紀のシャンソンのひとつです。
もうひとりはワーグナーでタイトルは「愛らしい人よ」となっています。

d0059205_736684.jpgいとしい人よ、バラを見に行こう
今朝、紅の衣を
開いたばかりのその花が
あなたの顔色にも似た
真紅の衣の襞の色を
夕べにいささかも失っていないかを。

ああ、このように短い時の間に
いとしい人よ、花びらは既に落ち、
その美しさを散らしてしまった。
おお、何と自然のむごいことか、
これ程に見事な花が
ただ朝と夜の間の命とは。

それ故に、いとしい人よ、私を信ずるならば
あなたの青春の花開く時、
その初々しさの極みの時に、
あなたの若さを摘み給え。
まさしくこの花と同じく
老いがあなたの美しさを曇らす前に。


読んでもらえればわかりますが、今朝であったばかりの少女に
薔薇の美しさと儚さを重ねあわせて詠っているとても美しい抒情詩です。
要は「花の命は短し、恋せよ乙女」を言いたかったのでしょうか?
それと絵画はとある別荘の壁のバラの匂いを青緑色の絹の着物を着た女性が
嗅いでいます。この作品は魂のバラという名前でも知られている作品です。
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by esthetisme | 2006-05-13 07:36 | 抒情詩
金子 みすず展
札幌の三越で金子 みすず展が明日14日から開催されます。
ブログでアップしているように先日まで札幌にいて、最初広告を見た時はタイミングがいいと
早合点して嬉しくなったのですが、広告をよく見たら明日14日からで見ることができそうに
ないのが残念です。東京の三越のお店のHPを見ましたが巡回する予定はないようですね。
金子 みすずさんというとブログでもHPでも彼女の詩は何度かアップしました。
彼女の万物を見つめる優しく、穏やかな視点が大好きです。
彼女が童謡詩人として活躍したのはほんの数年でしたがその間に書かれた詩は512編も
あります。
彼女はわずか26歳で淋病を移され、最愛の子供を何度も奪おうとする夫に死をもって抵抗
するしかなく自殺をしてしまいますが、これが生きた時代が違っていたらもっとたくさんの詩を
書くことができたのではないかと思います。
彼女が生きたのは大正時代と女性の権利が今の時代に比べると制限があり、子供の親族権
は夫にあったという頃でしたから。
彼女は死後忘れ去られてしまい、何十年もあとに発掘され評価されていますが、ふと疲れた
時にこんなにも心が癒される詩はそうそうないと思います。


私と小鳥と鈴と  金子みすず


私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴る鈴は私のように
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

「みんなちがって、みんないい」

この世には生まれ育った環境、もって生まれた個性は
人それぞれでその人にしかない素敵なものだから、
優劣なんていうものは無くて、お互いの個性を認め合えば
調和が実に取れた社会が生まれるのではないか
ふとそんなことをこの詩を読んで思いました。

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星とたんぽぽ

青いお空のそこふかく
海の小石のそのように
夜がくるまでしずんでる
昼のお星はめにみえぬ

見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ

ちってすがれたたんぽぽの
かわらのすきに だあまって
春のくるまでかくれてる
つよいその根はめにみえぬ

見えぬけれどもあるんだよ
見えぬものでもあるんだよ
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by esthetisme | 2006-02-13 10:59 | 抒情詩