「ほっ」と。キャンペーン
総合芸術と生活美学を目指して~僕の審美眼に叶う愛しい物達~
beaute777.exblog.jp

今はなきレオン・ド・リヨンの森鳩。生涯で一番美味しかったジビエ。あまりの美味しさにまた食べにフランスに行ったほどです。これを超えるジビエ料理に出会いたい!!
自己紹介、お気に入りリンク
自己紹介

美味しいものが大好きで、音楽、映画、絵画、文学における抒情美を追求している「るしぇるしぇ」といいます。


誕生日 14.4.1979

尊敬する人物

レオナルド ダ ヴィンチ
稀有の総合芸術者です。

好物:
フォワグラ、ピジョン、
グルヌイユ、ジビエ
アバ、ビターチョコ、
ワイン、ハーブ系のお酒、
アルマニャック、日本酒
刺身、湯葉、

嫌いな食べ物:
添加物を加えて
いる食べ物、
ジャンクフード、
ファーストフード、
インスタント食品、
チェーン店の料理、
創作料理(フランス料理
なら正統的なフランス
料理を食べたいので、
でも一店だけ例外はあり
ます。)


お腹をただ満たすための
食事ではなくて、
ゆっくりと時間をかけて
味わい、全身で美味しさ
を喜ぶことができる、
そんな料理が食べたい
です。

るしぇるしぇへのメールは

esthetisme 
アットマークexcite.co.jp
までお願いします。

---------------------------------
お気に入りリンク

日本料理の総合的食べ歩き

るしぇるしぇの食べ歩き専用
のブログです。

落合桜 パリの風

三光院のHP

飛騨季節料理、肴の店主の日記

アート at ドリアン

ラファエル前派の部屋


幸せな食卓

今日は何を飲む?

ご馳走はこころの上に

驢馬人の美食&医療な日々

横浜発 驢馬人の美食な日々

★マーケティング戦略ビューロー@P-styleブログ★

Rafega  バレエな日々

--------------------------------
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
ライフログ
検索
タグ
人気ジャンル
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
カテゴリ:絵本( 22 )
夏の夜の妖精たち
d0059205_03381.jpg


この森から逃げだそうなどと、そんな気を起こしにならないで。
けっしてここを去ってはなりません。
それがお望みであろうと、なかろうと
あたしは妖精、それもただものとは違う、どこへ行こうと
つねに夏の日がわが身に寄り添うてくれる、
そのあたしが愛するのです、だから
いつまでもあたしのそばに・・・・・

シェイクスピア 「夏の夜の夢」 新書文庫より

本画集にはシェイクスピアの「夏の夜の夢」に直接的、間接的に想を得て描かれた妖精画がずらりと並んでいます。
妖精画の解説は辺見葉子さんが以下の題名で書いています。

☆永遠の無垢ーラッカム、デュラックの妖精の国



d0059205_23162483.jpg

アーサー・ラッカム 「真夏の夜の夢」より

今日の妖精のイメージを作り上げたのは、イギリスの絵本の黄金期を代表するラッカムとデュラックだと書いていますが、確かに遠くないですね。皆さんはどうですか?
そういえばこのブログにはラッカムはピーターパン、デュラックはアラビアンナイトとまだそれぞれ一作品しかアップしていなく、もっともっとアップする予定はありますけどね。
次アップするとしたらラッカムのウンディーネにしようかと思っていますが。





















☆人間と妖精の境界が揺らぐ夜

d0059205_23173527.jpg

エドワード・ロバート・ヒューズの「夏の夜の夢」

その夜とはいつなのかと言いますと五月祭り前夜と夏至祭り前夜。シェイクスピアの「夏の夜の夢」の舞台はどちらの祭りかという議論がありますが、辺見さんによると五月祭りだそうです。
まどちらにせよどちらの祭りも本質的にも民間伝承でも共通点があるわけで、陽気な馬鹿騒ぎと無礼講の日です。。
ここで取り上げられている作品はおなじみのエドワード・ロバート・ヒューズの「夏の夜の夢」、
ジョン・シモンズの「ティタニーア」数点、ジョーゼフ・ノエル・ペイトンの「オベロンとティターニア」などなど

























☆蝶の翅が運ぶ夢

d0059205_2344675.jpg


ジョン・アトキンソン・グリムショー 「夜の精」


この解説で初めて知りましたが、妖精ってよく蝶の翅をつけているじゃないですか、あれっていつぐらいに登場したのかというとシェイクスピアの「夏の夜の夢」からなんと200年以上もたってからのようです。
蝶の翅といえば軽やかな空気の精としてのイメージがありますから、それがヴィクトリア朝の舞台芸術に影響を与えた点をやっぱり書いていまして、そうロマンティック・バレエの話にも話題が
いくわけです。
ここで取り上げられている画家は妖精画の極地と言えるフィッツジェラルド、蝶の翅をつけた妖精の具体的なイメージを描いた、ラファエル前派の画家達の影響が伺えるジョン・アトキンソン・グリムショーなど

☆見えざる世界に魅入られた画家たち

d0059205_2351477.jpg


リチャード・ダッドの「妖精の木こりの神技」

ヴィクトリア朝のあらゆる階層を席巻した社会現象のひとつが心霊主義。ヴィクトリア女王でさせ故アルバート公の死霊と、霊媒の力を借りて交信を試みたらしいです。

でこの時代の狂気を誰よりも端的に体現しているのがリチャード・ダッドの「妖精の木こりの神技」。彼はヨーロッパと近東への旅行をきっかけに、精神分裂症に陥ります。そして父親殺しという悲劇が起き、その事件以降42年間を精神病院で過ごすことになります。
精神分裂の状態にあると覚醒剤を使用した時と同じように、意識が平常よりも研ぎ澄まされ、感覚もより複雑に、鋭敏になるようです。彼はその絵画の完成に9年かけました。

画面中央でこちらに背を向けて斧を振り上げ、地面に置いたハシバミの実を割ろうとしている木こりの動作を様々な妖精たちが見守っています。
木こりの正面に座る白髪の小男は大魔術師、上のほうで王冠をかぶっているのは妖精王オベロンと女王ティターニアです。

異様に増強された視覚で描かれたこの絵の驚くべき細密な細部には、歪んだ鏡像を見ているようなめまいと息苦しさを見るものに感じさせます。
細部を克明に描かずにはいられないという強迫観念は、「自然に忠実に」というラファエル前派
の姿勢と通じるものがあります。

自然の風景を凝視したラファエル前派の画家たちは、それをあまりにも細密に描いたため、かえって現実世界をすり抜けてしまった幻想的な世界を現出させることとなりました。
このラファエル前派流の強烈な視覚をもって、不可視の世界に目を凝らしたのがダッドだけでなくフィッツジェラルド、ペイトンと言えます。
その他ここで取り上げられた画家は、チャールズ・アルタモンド・ドイル、リチャード・ドイルなど





☆妖精王の花嫁たち

d0059205_23443142.jpg


ペイトンの「妖精の騎馬行進」

この画集に掲載されているペイトンの「妖精の騎馬行進」、リチャード・ドイルの「妖精王の勝利の行進」、チャールズ・ドイルの「妖精の女王ー行進ー」と以上、3点の妖精の行進が主題。
この中で中世の妖精の行進の伝統に一番近いのがペイトンの「妖精の騎馬行進」だそうです。

さてこうしていろいろと描かれた妖精画ですが、コティングリー妖精事件を境に絵画のテーマとして妖精が消えてしまいます。
それ以後はラッカムやデュラックのように古典名作物語の挿絵としての妖精かシシリー・メアリー・パーカーのフラワーフェアリーのようにイメージ化された妖精が中心となります。

参考文献

「夏の夜の妖精たち」
「新古典・ロマン・写実主義の魅力」
「妖精原画展」図録
[PR]
by esthetisme | 2008-08-24 23:51 | 絵本
妖精画展(埼玉県立美術館にて開催) 続き
d0059205_9225738.jpg


ジョン・アトキンソン・グリムショー

主題は街景や造船所、秋の小道が多く、月光の下や黄昏時をよく描いた風景画家です、

この作品は、1870年代から80年代にかけて制作した一連の絵画の最初のものと考えられます。
柔らかな空気が流れる風景の中に、裸かあるいは薄いゆったりとした布をまとった女性が見えます。
描かれている妖精のモデルは、グリムショーの子供の家庭教師であると言われています。
彼女はこの作品だけでなく、他の人物画のためにポーズをとりました。

おまけでラファエル前派からの影響を非常に強く受けた初期の絵画を。
[PR]
by esthetisme | 2007-09-08 20:40 | 絵本
妖精画展(埼玉県立美術館にて開催)
d0059205_9351119.jpg


内容がとても充実していた展覧会だけにいろいろとアップしたい絵画などがありますが、まずはロマンティックバレエを想起させるというか、宙に浮いた女性がロマンティックバレエのダンサーに見え、それをイメージして妖精を描いたではないのかと思う一枚を。
描いた画家は、エドマンド・トマス・パリスで、彼は肖像画家として知られた画家で、妖精画はたまに描いたぐらいです。
ヴィクトリア朝において妖精は文学、絵画、バレエ、音楽、戯曲、陶器と様々な分野で登場します。その背景にはロマン主義の高まりにより、人々の心が自然や田園と向かい、17世紀には悪魔と同列として退けられ、18世紀には合理精神主義のから否定されていた妖精がエリザベス朝のシェイクスピア時代以来、再び関心を持たれるようになったことがあります。
この展覧会では他にもロマンティック バレエを想起させる妖精画が展示されていましたので、その紹介はまた今度に。
[PR]
by esthetisme | 2007-09-03 09:38 | 絵本
パルマ展の次はプラハ国立美術館展
この展覧会の見どころというとルーベンスとブリューゲル一派でしょうね。今回はブリューゲル一派から大ブリューゲルの作品を3枚をいつものように簡単な解説と共に載せます。いずれの作品もこの展覧会では展示されていません。
続きはまた後で書きます。

d0059205_15314321.jpg


d0059205_15322247.jpg


d0059205_15325662.jpg

[PR]
by esthetisme | 2007-07-14 15:35 | 絵本
パルマ展に行ってきました
d0059205_7544673.jpg


パルマ展に行ったのに常設展の絵画の1枚を載せるなんてひねくれていますかね。この前のペルジーノ展の時も展示されていないペルジーノの絵画をアップしましたし。
パルマ展はまぁよかったのですが、常設展は作品の質と量がいいので企画展とあわせてゆっくりと見ると楽に半日は過ごせると思いますよ。僕は何度も見ているので見たい作品だけ見ていますからそれほど時間はかかりませんが。
いつも思うのですが常設展も見る人って企画展の観覧者に比べると少ないなぁと思います。どうしてなのかよく理由がわかりませんがもったいないですね。
でこの絵画は、「落ち穂拾い」や「晩鐘」などの農民画で有名なミレーが描いた連作の1枚で、依頼されて描いたせいもあり、古典古代のテーマにしています。
ダニフスとクロエというとシャガールの絵画のほうが有名かもしれませんが、僕はミレーが描いたこの絵画のほうが好みです。ちなみに解説は「朝日グラフ別冊の 西洋編 9 ミレー」で読むことができます。
いつも解説を引用して書いていますが今回は省略。だってダニフスとクロエは古典文学で有名な話ですからね。
とても自分の好みの物語のひとつなので岩波文庫の本でよく読んでいます。

パルマ展と常設展を見た後は、帰りの電車の都合があり丸の内でデジュネ。少し待つということなのでモバイルPCで写真の現像をしたり、ウェブサーフィンして待っていました。立ったまま両手で操作できるPCなのでほんと便利です。
お昼時ですからね、グループで来ているOLさん達もいれば、1人で来ているOLさんも
たくさんいましたね。中には携帯のカメラで撮っている人もいましたけどブログにでも上げるのかな?
デジュネはプラがナヴァラン ダニョーかポワッソン(魚の名前は忘れました。)にプチ アントレがついてきました。まずは最近ようやく飲めるようになってきたシャンパンで咽を潤し、プチ アントレをつまみました。ナヴァランにはグラス赤。でもね、グラスワインが800円からって高いような気がしますけど。ブラッスリーなんだから500円からあるといいし、例えばビストロ ド ラ シテのようにデジュネ用のグラスワインを用意してくれるともっといいのにね。シャンパンとグラス赤で2000円です。
ま美味しいかったからいいんですけど、ブラッスリーのデジュネなのに気楽な感じがしなかったです。本当はシテに行きたかったんですけどあいにく休みだったので。
デセールはタルト フリュイ。グレープフルーツ、キュウイ、イチゴなど6種類くらいフルーツが乗っていましたがキュウイは相変わらず苦手なのでよけて、残しておいたシャンパンと食べましたが、タルト フリュイにシャンパンってあいますね。今度からこの組み合わせで楽しもうっと。
[PR]
by esthetisme | 2007-07-12 07:58 | 絵本
グリューネヴァルト/イーゼンハイム祭壇画(1511~1515年)
d0059205_11234631.jpg


アルザスの美術館にある絵画といえば真っ先に思い出すのがとてつもなく衝撃的で、ドイツ絵画史上の傑作とされているこの絵画です。収蔵先はコルマールのウンターリンデン美術館です。
音楽、絵画、文学、映画といった芸術には落涙を禁じえない叙情美を求めていて、醜悪なものや暴力的なものは現実だけでうんざりでたくさんと思っているだけに芸術の分野では見たくないと拒否してしまいますが、つい見てしまうのがこの絵画やボスの絵画なんですよね。あと超現実的なシュルレアリスムの絵画も見ますけどほんとたまにですね。
この絵画はアルザスに行くなら必ず見ますね。でもあまりにもキリストが痛々しいのでなるべく直視はしたくないですけど。
さてキリストの磔刑図というのは中世美術の初期の頃から描かれていて、無数に存在しますが衝撃度ではこの絵画がダントツでトップでしょう。作者の絵画は、20点余りしか残されていませんが、大部分は磔刑図で繰り返しそれを描いていました。


「すぐわかるキリスト教の絵画の見方」と「名画の見どころ 読みどころー16世紀ルネサンス絵画②ー」にこの絵画の解説が載っていますので、それらの本から引用して解説を簡単に書きますね。

まずは聖書から。

すでに昼の12時ごろであった。全地は暗くなり、それが3時まで続いた。太陽は光を失っていた。
イエスは大声で叫ばれた。
「父よ、わたしの霊を御手に委ねます。」
こう言って息を引きとられた。
(「ルカによる福音書」23:44-46)

この場面が絵画化のもととなっています。

中世美術では、キリストは、目を開き、表情を変えず、苦痛を超越した超人的なものが多いのですが、時代と共に、特にゴシック後期のドイツを中心に、頭を垂れたキリストの人間的な苦痛をあらわにしたものが多くなります。

口を半開きにしたキリストの頭部には、とげとげしい茨の冠が載せられていてどす黒い血が滴り、釘付けにされた両手の指は大きく開き、苦痛に痙攣しています。
キリストのわき腹と釘で打たれた両足から流れ落ちる鮮血は、「この血をもってキリストはわれらの罪をあがなったのだ」と見るものに強く訴えかけてくるようです。体中に刺さった棘から血だけでなく膿もでていて、キリストは不死身の神の子ではなく、いずれは死すべきわれわれと
変わらない、生身の、人の子キリストを作者グリューネブァルトは、呵責ないリアリズムで描いていて、それはキリストの体躯の表現において頂点を達しています。

十字架の下では、マグダラのマリアが、両手を組み合わせ、弓なりに身をのけぞらせながらキリストを見上げ、悲しみの叫びをあげています。

マグダラのマリアの後ろでは、鉛色の唇をして、目を閉じ、ショックで失神した聖母マリアを必死の思いで支える福音記者のヨハネが描かれています。

目の前に悲劇におしつぶされ、なすすべのない左側のグループらが属するのは旧約聖書の世界です。

左側のグループに対して、右側の洗礼者ヨハネは、両足をふんばるようにしてしっかりと大地に立っています。左手はキリストを力強く指しています。
しかし洗礼者ヨハネは、キリストの磔刑には立ち会った事実はないので通常は登場しない人物で、登場した例は皆無とされています。
ヨハネの足元にいる十字架を担い、聖杯に血を流している子羊がいますが、これは言うまでもなく犠牲の子羊、キリストです。
この右側では新約聖書の世界となっています。

背景の光がない暗い世界は人類の黄昏を、世の終末を暗示しています。

以上、前述した2冊の美術書から書きましたが、いつものようにだいぶ端折っています。
またこの大祭壇画は、複雑な構成をもっていて、全部で4枚の絵画から成ります。残りの3枚は、「名画の見どころ 読みどころー16世紀ルネサンス絵画②ー」で見ることができます。

ところでアルザスのクリスマス市ですがストラスブール、コルマールといった大都市などは11月の下旬から始まるようなので、アルザスから今年のフランス旅行をスタートし、リヨン、カオール、ペリグー、アジャン、ラルバンク、トゥールーズ、ギモン、カルカッソンヌと南下していき、、1日2都市を回る予定です。リヨンからトゥールズまでは7時間近くかかるので寝台車で移動し時間をうまく使おうと思っています。昼間に移動するとご飯の時間に間に合いませんから。1回たりともご飯をビストロかレストランで食べるのができなくなるのはほんと耐えられません。わざわざ航空代とホテル代をかけて行っているのに昼ご飯をサンドイッチとなにか軽いものでご飯をすませようななんてしたくないです。
帰りはカオールからパリに向かうのですがこれまた約7時間かかるので寝台車をまた利用する予定です。ちなみにトゥールズからパリまでなら飛行機で行けて、約1時間なのですが、値段を調べたら片道約5万で唖然としました。あり得ないですよ、冬の安い時なら日本からパリに行けるじゃないですか。
で寝台車の2回ともホテル代が浮くんだから1等車に乗ろうかなと。早めに予約すれば通常料金の3割から4割ぐらいの安さで乗れますし。日本も早めに予約したら割り引いてくれるといいのに。どうしてこういういいところを真似しないんでしょうね。それにしてもフランスの寝台車は初めてなのでどんな感じかな?って楽しみですね。
[PR]
by esthetisme | 2007-07-11 11:07 | 絵本
「ペルジーノ展~甘美なる聖母の画家、ラファエロが師と仰いだ神のごとき人~」
担保ジャパン東郷青児美術館で開催されていた「ペルジーノ展~甘美なる聖母の画家、ラファエロが師と仰いだ神のごとき人~」について簡単に展示内容を書きます。

まずペルジーノの本名は、ピエトロ・ヴァンヌッチといい、ウンブリア地方にあるチッタ・デッラ・ピエーヴェで生まれました。彼は、ウンブリア州の中心都都市ペルージャで画家の修行を始めました。ペルジーノというのはペルージャ人という意味の呼び名です。
ペルージャでの修行から数年後、トスカーナ地方にあるフィレンツェに出てきて、最も活気のあったヴェロッキオ工房に入り、そこでボッティチェリやレオナルドに出会います。
ヴェロッキオからは人や物をよく観察して描くことを、レオナルドからは光と影の描き方を学びました。
その他に本物のような奥行きが出せる線遠近法は、ペルージャ近くの小都市で活躍したピエロ・デッラ・フランスチェスカから学んだと言われています。
またペルジーノが描くおだやかな風景は、故郷ウンブリア地不を思わせるもので、フランドル地方の絵画から学びました。
ペルジーノの名が当時広く知れ渡るようになったのは、ローマ教皇シクストゥス4世から教皇の居場所であるシスティーナ礼拝堂の壁画の注文を受け、教皇に認められたためです。
その後、ペルジーノはフィレンツェに工房を開きましたが、彼の工房にはイタリア中から注文が殺到しました。ペルジーノはペルージャとフィレンツェを行き来していため、フィレンツェには注文を受ける人をおき、助手を大勢雇いました。
ペルジーノが数多くの注文を受けることができたのは、工房の仕組みにあります。

①助手が自分の絵とそっくり描けるように訓練する
②人気のある下絵は、組み合わせて繰り返し使う
③都市ごとの好みにあわせて描き方を変える

このような方法で殺到する注文をこなしていきました。ペルジーノには数多くの人を使い、工房を大きくする才能があったのです。
フィレンツェでは工房が大きくなっただけでなく、フィレンツェで有名な建築家の娘と結婚し、屋敷をかまえました。
出身地のペルージャでは名誉市民になり、のちに政治を行う執政官も努めました。以上のことからペルジーノは、最も成功した画家の1人と言えます。
フィレンツェでの結婚の翌年、フランス王シャルル4世がイタリアに軍を進めます。フィレンツェの支配者であったメディチ家は、フィレンツェの領地をフランス王シャルル4世に譲ることを許してしまったため、市民から追放されてしまいます。
フィレンツェでの混乱をさけるためペルジーノも他の画家と同じようにフィレンツェを去り、ペルージャでの仕事に重点を移すようになります。
故郷ペルージャでも工房を開き、ラファエロをを弟子に迎えたと言われています。ペルジーノの甘美な世界は、ラファエロをつうじてローマに花ひらき、訪れる多くの人々を感動させ、各地へ広まりました。

ペルジーノの作品3枚をそれぞれ紹介します。

d0059205_22272464.jpg


ペルジーノ 「正義の信心会の旗幟」

※旗幟というのは行列で掲げて歩く絵のことをいいます。

この絵画に描かれたものについて説明します。

① イエスを抱く聖母マリア
頭上の輪は聖なる光(光輪)

②ケルビム(智天使)

三つある天使の階級の最上級に属し、6枚の羽を持ち、神をとりまいて祈りを捧げているとされています。
同じ階級のセラフィムが描かれることもあり、ルネサンス美術において区別がつきにくいです。

③エンジェル

天使の階級の下級に属し、神の使いとして人間と関わりを持ち、働きます。

④聖フランチェスコ

フランチェスコ修道会の創始者。モットーである清貧、純潔、服従を表す三つの結び目のある縄の帯が目印
です。祈るうちにイエスの磔刑と同じ精痕を生じた奇跡が伝えられています。

⑤シエナ

伝染病患者や怪我人の救済のために働きます。イエスの名のギリシャ語のスペルを省略した「IHS」という
文字を見せながら説教をしたため、目印として肩の近くに「IHS」が描かれています。

⑥信仰会の会員たち

匿名で奉仕活動するため、頭巾をかぶる習慣があったためそのように描かれています。

⑦修道士と修道女

中央の小さな人々はこの絵を注文した市民です。神に近い存在ほど大きく描く習慣があったため、市民は
このように小さく描かれています。

⑧当時のペルージャの街並み

空に突き出ているのは戦闘に備えた貴族の見張りの塔です。


d0059205_22111449.jpg


「慰めの聖母」もしくは「鞭打ち苦行者の聖母」の名で知られるこの作品は、ペルジーノのもっとも成功した作品のひとつとして賛美されてきました。
白い服を纏う人々は、イエスが亡くなった時の苦しみを理解するために自分を鞭で打つグループの会員です。
裸足で座る聖母マリアはかざらない優しさを表しています。
本作品の製作にあたってペルジーノは、宙を飛ぶ二天使をおよ20年前のシステーナ礼拝堂の「キリストの洗礼」で用いたカルトン(実物大の下絵)を再利用しています。そのカルトンをペルジーノは他の作品でも何度も再利用しています、一方、聖母子の部分の下絵素描もほどなくして再利用されることになります。

d0059205_22145028.jpg


この作品はペルージャのサンタゴスティーノ大聖堂のために製作されました。イエスや聖母マリア、聖人達の絵を30枚以上組み合わせていて、高さは約8mとなる巨大な祭壇画で、ペルジーノの死後約2年が経ってから完成しました。1654年まではもとの状態にありましたが、その後バラバラに解体され、作品は各地へと散らばっていきました。2004年にウンブリア国立絵画館がいくつかの場所に保管されている絵を集め、もとの形に組み立てました。それが今回アップしている画像です。


参考文献

・本展図録
・本展のジュニア版ブックレット
[PR]
by esthetisme | 2007-07-05 22:07 | 絵本
ピーターパン
子どもの時に読んで彼と同じように永遠に子どものままでいれたらと思っていましたが、今読んでも同じように思います。そう思うと僕は今でも少年の純粋な心は忘れていないんでしょうか。
さてその彼というのは永遠の子どもの象徴である「ピーター・パン」です。

ジェームズ・マシュー・バリの「ピーターパン」が児童劇として初演されたのは1904年12月27日でした。すぐに爆発的な人気となり、ロンドンが空襲をうけて上演不能となってしまった1940年を除いて毎年クリスマスには上演されているようです。
この人気の脚本が出版されたのは、初演のものから何度も内容を書き改められて1928年になってのことです。
それとは別に作者は、2冊のピーター・パンの物語を書き下ろしました。

d0059205_1944533.jpg


ひとつが、ケンジントン公園を舞台に、生まれたばかりのピーーターパンが7日目にして永遠のにそのままの年齢を保ち、妖精の国に住み着くまでといった内容で1906年に出版された「ケンジントン公園のピーター・パン」。
この本は、絵本黄金期の人気作家の一人であるアーサー・ラッカムが挿絵をつけて、その挿絵は彼の最高作品のひとつと言える素晴らしいものです。

d0059205_19454123.jpg


もうひとつが、今では単に「ピーター・パン」と呼ばれていますが、その原本となる「ピーター・パンとウェンディ」で1911年に出版されました。この作品に定評ある挿絵をつけたのは、メイベル・ルーシー・アトウェルで1922年のことでした。
女性が描いただけあって可愛らしさに満ちていますね。彼女の描く絵はヨーロッパ中の子ども達を魅了しただけでなく、第一次世界大戦中に前線で活躍する兵士の心を慰めたと言われています。
また彼女の絵は、本のイラストレーションばかりでなく、子ども部屋の食器、ハンカチ、カーテンといったもののデザインに使われて、親しまれました。英王室ではかつて、チャールズ皇太子が、彼女の絵のついた食器を愛用されたそうです。
当時の人々はこんな可愛らしい絵でピーター・パンを読めたなんて幸せですね。日本では立風書房から翻訳されて出版されていましたが、残念ながら絶版でプレミアがつけられています。

参考文献

「ケンジントン公園のピーター・パン」  新書館
「ピーター・パンとウェンディ」     立風書房

話はまったく変わりまして、和歌山の料亭に鱧尽くしの予約で電話したら今年の4月に訪れたのを覚えていて嬉しかったです。肝心の鱧の値段は時価とのこと。天然のものだからそうですよね。それでも今年6月の鮎尽くしのコースの値段と同じくらいでおさまりそうなのでほっとしましたが。
[PR]
by esthetisme | 2007-07-03 19:48 | 絵本
ペルジーノ展 ラファエロが師と仰いだ神のごとき人
d0059205_19404641.jpg


ルネサンスの三巨匠のひとりであるラファエロが師と仰いだペルジーノの展覧会に行ってきました。知られていない画家だけに観覧客は思っていたとおりあまりいなく、展示数はそれほど多くなく、ゆっくりと見ても1時間半ぐらいでしたね。展示されている作品で魅力的なものもありましたが、ルーブル美術館に展示されているこの絵画のほうがもっと魅力的に思えるのでその絵画をアップ。でも商業的な画家って本気で好きにはなれませんが。
この人は、一度使った人物を繰り返し使って書くのが特徴的で、レオナルドやミケランジェロの自分のアイデアを自由に追及する芸術家というよりも依頼主の注文を忠実に仕事する職人といえる画家でした。最初はルネサンスの最良の画家として名を馳せますが、そのわずか数年後に一度使った人物を繰り返し描くことが嫌われてしまい、彼の代わりにレオナルドやミケランジェロなどが当時の人々に受け入れられます。そして宗教の改革の頃には教会は、聖書の出来事をドラマテイックに表現したいと考えていました。ペルジーノの穏やかなで豪華な祭壇画はふさわしくないとされて、ばらばらにされてしまったり、とりかえれられてしまいました。そういったことがあってペルジーノは忘れられてしまったんだと思います。
ペルジーノの作品はルーブル美術館で見た覚えがありますね。NKK出版の「ルーブル美術館」という美術本では、ルーブル美術館に展示されている5枚の作品に簡単な解説をつけていて、その本以外でペルジーノの作品が載っている美術本というと「すぐわかる キリスト教絵画のみかた」というのがあり、「ペテロに天国の鍵を渡すキリスト」という絵画が紹介されています日本でペルジーノの作品の紹介の本というとその2冊ぐらいしかないような気がします。2冊しかないから展示会の内容にプラスして書くのが楽です。まだ展示会が終わっていないので終わってから内容をアップしようと思います。
今回の展覧会でのペルジーノの作品の紹介は、ペルージャにあるウンブリア国立絵画館を中心としたものですがほんと貴重な機会ですね。ウンブリア州というとイタリアのトリュフの名産地なので以前、トリュフ尽くしを楽しもうと19歳の時に行ったことがあり、前菜からメインまでトリュフ尽くしを楽しみました。アッシジとオルヴィエートは行ったことがありますが、ペルージャはないですけど。それだけに今回こうしてペルージャにある美術館の作品が見れるのは嬉しいです。
あの時はデジカメってあったのかな?高くて買えなかったのかよく覚えていませんが3万ぐらいのフィルムのカメラを買って撮りましたよ。なぜか料理の写真はまったくなくて観光写真ばかり。なんで料理の写真を撮らなかったのか今もって謎でもったいないことをしました。
であの時はご飯の度に律儀にチップを渡していました。テーブルに置いて帰ればいいんですけど、一度チップを手渡ししたら、もう別人というぐらい表情が変るのが楽しくてイタリア人って面白いなぁと思い、それからは手渡しに。
行ったお店はほとんど覚えていませんがフィレンツェのサバティーニは行ったこととそこでの出来事はだいぶ覚えていますね。ほんとうはエノテーカ ピンキオーリに行きたかったんですけど値段が高すぎて無理で、サバティーニに行ったらお客さんは日本人だらけでイタリア人がいないんですよね。たまたまなのかよくわかりませんがイタリアにいる感じがしなかったし、料理もたいして印象に残るものではなくて。最後の日だったからあの頃でのだいぶ贅沢したのにお金を使うところを間違えて旅のしめくくりにならなくて残念でしたが。
この旅行の後、イタリア料理よりもフランス料理が食べたいということで外食はフランス料理がメインに。
それが今では懐石料理、精進料理、郷土料理と和食がメインになり、これは味覚の変化というより生まれ育った日本の文化を知らなすぎるのでしっかりと学びたいから。それに日本で食べるフランス料理は日本人にあわせた味付けが多いのでそういうフランス料理を食べるのにお金を使うよりも、日本の文化を学べる料理にお金を使ったほうが限りあるお金の使い方として有効的だと思うためです。
和食をメインで食べるようになりいろいろと学んだ中で精進料理からもたくさんのことを教えてもらいましたが、仏教の教えに即しているためやはりどれも有りがたいものです。
素材を無駄にせず使い切る、どうしても使い切れなければ土にかえしてあげるというのを徹底すればほんと生ごみが減りますし、素材はほんと成仏できるでしょう。今って飽食の時代で食べれるのに捨てていますよね。精進料理の精神からすればこれほど罰当たりな事はないし、今日食べるのにも不自由し、やがて満足に食べることができなくて死んでいる人たちが大勢いると思うと愚行の極みではないですかね。

精進料理特有の淡味は、微妙な味の違いがわかるようになりますし、素材本来の色を愛でながら、素材そのものの味もよくわかるようになるものです。
移ろいゆく季節を表現しつつ、素材への感謝を心を込めて慈しむようにして作られた料理を頂くと食べ手も自然と素材への感謝を抱くはずです。
僕は毎回そうですね。これほど精神的にも充足する料理は他にないと思っています。それが精進料理の魅力のひとつでもあるのですが。


話は変りましてようやく今月の鮎料理のお店に電話をしたはいいんですけど、電話に出た人の対応が「このお店で大丈夫?」という不安を感じさせるような対応でした。
その前に電話した料亭ですから当たり前なんですけど丁寧な口調の洲さきの女将さんとは落差が激しくて。
ま料理が美味しければいいんですけど食べるまでは不安は消えないですけどね。どうしても鵜飼でとった鮎が食べたいし、そのお店でしかない鮎料理がありそれが食べたくてそのお店にしたので予約は取り消さないことに。
でもふと思ったのですが鵜飼って毎日やっていますよね。毎日獲ったら鮎がいなくなるのでは?まさか養殖物を川に放したりしないでしょうね。それに毎日獲れるものなのか?という疑問もありましたが、お店の方が言うには獲れない日もあるそうです。天然の鮎が獲れることと料理が美味しくてゆっくりと食べれることを願うばかり。まこのお店が外れても鵜飼でとった鮎が食べれるお店は他にもあるので、来年またチャレンジすればいいことです。鮎の他にはこれで3回目となる飛騨高山に行ってきます。飛騨高山で行くお店はこれで2回目の角正とこれで3回目と行くたびに行っているほどお気に入りの料亭である州さきです。もうどちらのお店も心から満足の行くご飯が食べれるのでほんと気が楽です。州さきは、やはり1人だと夜は難しいという話でしたがなんとか受けてくれました。3回目なので女将さんが覚えてくれていたようで嬉しかったですし。飛騨高山に行くことがあったら州さきと角正、肴は間違いのないお店ですからお勧めです。

鮎と高山の次は祇園祭の頃に京都に行く予定です。3日間の予定でほぼ行きたいお店が決まりました。今月の鮎尽くしの次は鱧尽くしですが、今年の4月に鯛尽くしを頂いた和歌山の料亭にしようかと思っています。というのも今年は1月の越前蟹尽くしと河豚尽くし、2月のあんこう尽くしでお店選びを失敗しているのでこれ以上失敗したくないと思いがあり、鯛尽くしでよかった
和歌山の料亭なら鱧尽くしも期待できるだろうし、そもそも和歌山は鱧の名産地の1つですからなおさら期待できます。
まとのはもう予約しました。移転して値段が高くなっているのが気になりますね。移転前は1番高くても夜は1万でしたが、移転後は9000円のコースから1番上は18000円となっていて、間のコースにしてみました。値段が上がった分食材もより豪華になって満足度が更に上がるのといいのですが。
京都のラミティエと呼べそうなお店を見つけました。値段も量も他のブロガーの写真を見ましたがラミティエと同じようで、比較のため行ってみようかなと。それだけでなくラミティエのようなビストロの料理ってフランス人が実際食べていそうな料理ばかりで、フランス人の普段の生活が見えてくるような感じがして食べていて楽しいんですよね。郷土料理であれば郷土の文化の一端が見えてきて、なおさら興味深くなるし。ずっと京都でフレンチを食べていませんでしたが今回目をつけたお店だけは行ってみようかなと。ま前はレストランばっかりでビストロは行ったことがなかったこともありますし。
おばんざいのお店はだいぶ絞れてきました。おばんざいの魅力って手軽な値段でたくさんの京野菜を食べれることだと思っています。それに京都の人が普段食べているといった感じもいいですし。割烹と料亭の間に挟む事で落差をつけて食べ歩きを楽しめるかなと。
和菓子はほうせん、嘯月は今回も必ずですね。あとはくずきり、あんみつなどもいろいろと食べたいなと。フランソワやソワレなどのレトロカフェに再訪したいし。
ほんと京都は行きたいところがたくさんありすぎますね。目一杯行けるだけ行って食べて飲んで久々の京都を楽しもうと思います。
[PR]
by esthetisme | 2007-06-21 20:10 | 絵本
コレッジョ 聖ヒエロニムスのいる聖母と聖母の礼拝
ルネサンス期のイタリアの画家であるコレッジョの絵画を。

d0059205_2036345.jpg


聖ヒエロニムスのいる聖母「別名 イルジョノ(昼)」

画面中央で聖母マリアが幼児キリストを抱きかかえています。このマリアの表情はレオナルド・
ダ・ヴィンチが描くマリアを思い出せます。
キリストは勝ち気そうな表情で、聖ヒエロニムスが左手で抱え、天使がやはり左手でページを
めくろうとしている書物を見つめています。

聖母マリアの左側にいるのはマグダラのマリアです。キリストの左足に頬を寄せ、唇で触れようとしています。
彼女は娼婦でしたが、改悛し、泣きながらキリストの足を長い髪で拭い、高価な香油で清めた
とされています。
ロングヘアの若く美しい女性というのが人気の理由でしょうか、おそらくあらゆる聖女の中でも
最も数多くの美術作品に登場しています。
ちなみにマグダラというのは彼女の出身地のことです。

聖母マリアの左、画面端にいるのが聖書のラテン語訳をした偉大な学者聖人のヒエロニムスです。
聖人のエピソードとして、とげを抜いてやったライオンが従順になったというエピソードが有名で、ライオンが傍らに描かれことが多いのですが、この作品でも例にもれず描かれています。

マグダラのマリアの横にいる天使は、マグダラのマリアの持ち物である香油壺を持っていて、
いたずらっぽい眼差しをしています。

背景の風景は17世紀の古典主義絵画を予告するかのようです。
それとマグダラのマリアがそっと左手につかんでいる金色のマントが画面全体の色調を支配し、画面左に立つ聖ヒエロニムスの勇壮な姿とあざやかな対照を成しています。

ジョルジョ ヴァザーリはその「美術家伝」のなかで、この作品を、微笑みなく見るものはおらず、憂鬱な人も幸せにすると激賞しています。

この祭壇画はパルマのサンタントニオ聖堂のために描かれました。この祭壇画の別名である
「イルジョノ(昼)」に対して「ラ ノッテ(夜)」という別名で呼ばれるのが次に紹介する「聖母の礼拝(キリストの降誕)」です。

d0059205_20365058.jpg


聖母の礼拝(キリストの降誕)「別名 ラ ノッテ(夜)」


イエスの誕生を最初に知らされたのは、その地方で野宿しながら羊の番をしていた羊飼いたちでした。
夜通し、羊の番をしている時に、天使が現れ「今日、ダヴィデの町で救い主が生まれた」と告げました。
天使が去ったあと、羊飼いたちは「さぁ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせて下さったその出来事を見ようではないか」と話し合いました。そして急いで言って、生まれたばかりのイエスとマリア、ヨセフを探し当てました。
敷き藁の上に寝かされた幼子イエスは、神秘の光を発し、優しい聖母マリアを照らしています。
聖母マリアの後ろでロバを引いているのはヨセフです。

この祭壇画は、コレッジョの代表作のひとつで、古くから「ラ ノッテ(夜)」という別名で呼ばれてきました。
幼子イエスを抱く聖母を中心に、神秘的な光の中に人物を浮かび上がらせています。
これほどまでに夜の闇を強調した作品はなかったため、後世の画家たちに多大な影響を与えました。


最後に今回参考にした「名画の見どころ 読みどころ」と「すぐわかるキリスト教 絵画の見方」
以外にコレッジョの作品の解説を読むことができる美術本としては「週刊朝日百科 世界の美術」、「ファブリ出版のコレッジョ」、「メトロポリタン美術全集 第4巻 イタリア ルネサンス」があります。
ただ「週刊朝日百科 世界の美術」と「ファブリ出版 コレッジョ」は図版が荒いのが残念ですが。

週刊朝日百科ではコレッジョの生涯と

・「サン ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂の円天井画」
・「聖ヒエロニムスのいる聖母「別名 イルジョノ(昼)」
・「聖母の礼拝(キリストの降誕)「別名 ラ ノッテ(夜)」
・「幼児イエスを礼拝する聖母 」
・「聖カタリナの結婚」
・「ダエナ」
・「レダ」
と合計6枚の絵画の解説が書かれています。

「ファブリ出版 コレッジョ」ではコレッジョの生涯等と

・「聖母に告別するイエス」
・「ダイアナの狩猟(部分)」
・「ダイアナの狩猟(部分)」
・「キリストの昇天」
・「聖ヨハネ、バルトロメオ、マタイ(部分)」
・「われに触れるな」
・「聖母の昇天」
・「三天使(部分)」
・「聖ブラキドゥス、聖フラヴィアら4聖人の殉教」
・「聖ゲオルギウスの聖母」
・「聖ヒエロニムスの聖母」
・「ガニメデスの誘拐」
・「ユピテルとイオ」
・「ヴィーナスとサテュロス」
・「聖カタリーナの神秘の結婚」
の解説が書かれています。

「メトロポリタン美術全集 第4巻 イタリア ルネサンス」では
・「受胎告知」
の解説が書かれています。

参考文献

「名画の見どころ 読みどころ」
「すぐわかるキリスト教 絵画の見方」
「週刊朝日百科 世界の美術」
「ファブリ出版 コレッジョ」
[PR]
by esthetisme | 2007-06-16 20:38 | 絵本